第四話 星形のしるし
島村洋子Yoko Shimamura
三
今宵(こよい)で三度目になるのでそろそろお床入りだろうと龍田川は、品川の紙問屋の若旦那(わかだんな)の新兵衛(しんべえ)を眺めていた。
育ちの良い坊ちゃんらしく下品なところもない、色白のひょろっとした若者である。
酒も呑めるほうではなく、宴(うたげ)の最中も周囲に上手にすすめて自分は茶を飲んでいる。
静かにゆったりと味わうように、それでいてこちらの気をそらさぬ会話をする。
自慢話もなければ商売の話もしないし、是非御目文字をと言って来た割にはこちらに食いついても来ない。
それほど女好きでもなさそうな、生気のない感じがかえって不気味であったが、その理由は二人きりになった時にわかった。
「あのう」
と囁(ささや)くように言った新兵衛に、そんなに硬くならなくてもと思った龍田川だったが、それをあえて言葉にはしなかった。
「はい」
「品川の紙問屋と言ったのは嘘(うそ)です」
「えっ」
龍田川はしばらく黙って相手の言葉を待っていた。
何かの拍子で不正の金を得た者の中には身分を偽って花魁を買おうという輩もいるので、嘘をつかれるのに驚きはしなかったが、この新兵衛の身のこなしはそんな俄(にわ)か成金のようにも思えない。
安くはない金を払うというのだから、よくよくの事情があってここに来たに違いないと龍田川は次の台詞(せりふ)を待った。
しばらく沈黙が続いたので、
「つまらぬものでお口に合うかはわかりませぬが」
と龍田川は残っていた蓬餅を次の間から持って来た。
「わあ」
新兵衛の顔が急に明るくなった。
どのみち酒は嗜(たしなま)ずお茶を飲んでいるのだから、甘いものを欲しくなる時分である。
「母が生きている頃は春先によく作ってもらいました。ああ懐かしい匂いがする」
と新兵衛は蓬餅にかぶりついた。
見ているとふつうの若者である。
無理して大人のふりをして吉原に通っているのかもしれない、と龍田川は思った。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。