よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第四話 星形のしるし

島村洋子Yoko Shimamura

「それでうちにお見えになってくだすったんですね。ありがとうございます」
 清吉が丁寧に頭を下げると、
「いえ、前はなかったような難しいことをおっしゃるお客様もいらっしゃって、私みたいな者はどうして良いかわからずで。この間も」
 と驚くべき話をし始めた。
「ご機嫌良く通ってくださるお客様でべつに粗相もなかったと思うんですが、その息子さんという方が見えて、『父の放蕩(ほうとう)で困っているのでもう来るなと言ってください』とお願いされたんですよ。こちらも商売なんでね、来てくれるなとは言えませんし。しかしその息子さんもいい方でその頃通い詰めてくれていたんで」
 まったく同じ話を清吉はさっき、龍田川の口から聞いたばかりである。
 龍田川とお歌では格が違うので散財の額が違うだろうが、それにしても細部までまったく一緒とは不思議な話である。
「その親父さんのほうは倅がお歌さんのもとに来ているのをご存知なんですか」
「いえ、知らないと思います」
 親父が馴染(なじ)みの遊女を買おうなんて思う変わり者の息子などこの世に何人もいるのだろうか。
「なのに倅のほうは親父がお歌さんのもとに来ているのを知っているという」
「そうです」
「お歌さんはどうお答えになったんですか」
 清吉の問いかけにお歌は、
「そういうお商売の方は何人かおられますけどはてどなたでしょう、ととぼけることにしました。大きな呉服屋の旦那のことに違いないんですが」
「それからも父と子が通って来ているんですか」
「はい、とはいえ息子さんはたまにですけど」
 龍田川に聞いた時も変な話だと思ったのだが、お歌の話も不思議である。
 海苔屋と呉服屋、春日屋と角海老楼、昼三と留袖(とめそで)新造、龍田川とお歌。
 場所や人物は変われども話はほとんど同じである。
「もしかしてそれはひょろっとして酒を呑まない男じゃないですか」
 と、清吉は龍田川に聞いた海苔屋の倅の容貌(ようぼう)を言ってみた。
「ええ、そうです、そうです」
 お歌は張子の虎のように首を何度も上下させた。
「そして指一本もこちらに触れて来ないという」
「はい、どうしてご存知なんですか」
 お歌は清吉を驚いたように見つめた。
「ねえ、お歌さん。あんたからお代はいただかないから、時々はお顔を見せに来てくださいよ」
 清吉はそう言いながら、星形のほくろより先に突き止めなければならないことがある、と思った。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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