よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第四話 星形のしるし

島村洋子Yoko Shimamura

   十

「ここのところ海苔屋の方は見えてますか」
 と尋ねると、
「そういやとんとご無沙汰で」
 と龍田川が答えたので清吉はなおも質問を重ねた。
「花魁は結局、海苔屋の旦那になんておっしゃったんですか」
「それがたいして何にも申し上げておりませぬ。ただ自分の本業を一所懸命にやってもなかなかまわりにはわかってもらえませんね、と自分の愚痴を言ってしまいました。それがなにかお気に障ったのかもしれません」
 龍田川の言葉に清吉は首を横に振った。
「いや、かえって花魁のことをいっそう近くにお思いになったと察しますよ」
 そう言いながら元結(もとゆい)を結ぶ。
 花魁の頭は大きく、簪(かんざし)もたくさん刺すように作るのでここをしっかりきつく結んでおくのが肝心なのだ。
 龍田川を無駄に刺激しないように振る舞っているつもりの清吉だったが、自分の作った新しい髪形の一津星の絵姿が大評判となってしまい、いくら気の好い龍田川でも面白くないだろうということは重々わかっていた。
「そういや跡取りさんもお見かけしなくなりんしたなあ」
「やっぱり」
 清吉はあの時、芳町に駆け出して噂をつかんでいた。
 あれだけ皆がうまいと思う蓬の匂いのする草餅だったが、その蓬の匂いが苦手であるというおしのばあの話でピンと来たのである。
 誰でも好きだと思われる美女とうまい酒を好まぬ男も世の中にはいるのかも知れぬと。
 そう言えば十日ほど前に角海老楼の前を歩いていた時、出入りの道具屋に出くわした。
 挨拶しようと思ったら道具屋はその連れに「あれは茶道の家元に似ているんだがそんなことはあるまい。おかしいな」と言っていた。
 その時は真面目な家元がこんなところで女郎を買うわけはない、と言う意味だと清吉は解釈したがそれは違っていたのだ。
 江戸には陰間(かげま)茶屋と呼ばれる野郎買いができる店がたくさんある。
 芝居小屋のまわりに若い役者が買える若衆茶屋なども神田(かんだ)や新富町(しんとみちょう)にあったが、このあたりで一番大きいのはやはり芳町である。
 芳町には呑めるところも多く、髪結い仲間もいるので清吉はそれとなく尋ねてみた。
「ああ、北千家の家元は大金持ちでこの町じゃあ気前が良くて有名だよ。若衆に旦那、旦那ってなつかれている。なんだい、お前も茶を習う気にでもなったのかい」
 先輩にそう言われてやはり、と清吉は膝を打った。
 道具屋のまさか、おかしいな、は女が好きではない家元がなぜ吉原にいるのだろうという意味だったのだ。
 しかしなぜ家元が龍田川やお歌に金と時間をかけてわざわざ別人を演じたのかは清吉にはわからなかった。
 侘茶(わびちゃ)の粋人が行う何かを極めた道なのか、それともその時の酔狂というやつなのか。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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