第四話 星形のしるし
島村洋子Yoko Shimamura
そういう連中と一線を画し、人の記憶に残る入れ墨とははてなんだろう。
羽ばたく鳥など大きな図柄は金も時間もかかるだろうから土台、無理な話である。
唐獅子牡丹(からじしぼたん)や吉祥天(きっしょうてん)を小さく入れるのも難しいだろうし、誰かの名前というわけにもいかない。
はてとお歌が土壇場(どたんば)で考え込んだのを見て、取り次ぎに出てきた彫り師勝次(かつじ)の娘が水を向けた。
「ほくろはどうですか。生まれながらのように自然にしたほうが色気という点では男心をそそるようで、襟足に三つ並んだのをされた人は人気になっていますよ。簡単でお安いし」
「ほくろねえ」
なるほど最後は裸になって相手にすべてを晒(さら)してしまう商売なのだから自然のほうが良いだろうが、ただのほくろではあまりにもつまらない。
波斯の踊り子が人気を得たのもそれが羽ばたく鳥という珍しいものだったからであろう。
「なんかもう少し自然で、なおかつ目立つものはないでしょうかねえ」
溜息交じりのお歌のつぶやきが聞こえていたのか、奥から、
「なら波とか月とか星とかはどうですか。生まれつきといえば縁起がいいように聞こえますし」
と言う男の声がした。
「星!」
お歌の頭の中で何かが閃(ひらめ)いた。
「是非、星でお願いします」
星の入れ墨は簡単でほんの半時(はんとき)で済んだ。
合わせ鏡にしてお歌は何度もその首筋を見たけれど、腫れが取れてみればたしかに自然で生まれながらのほくろに見えた。
こんな小さなことで何か変わるのだろうかと初めは疑っていたお歌だが、ひとりの客が、
「首んところに星形のほくろがある吉原のお歌って新造を買ってからどういうわけか突然、運が向いて来やがって博奕は負けなし、富籤も大当たりでもうお歌様々だよ」
とどこかで言ったのがいつのまにか広まり、いまでは合間に茶の一服を飲むこともままならないほどの大人気である。
この分では少し遅咲きではあるが、新規の花魁としての御披露目(おひろめ)をしたほうが良いのではないかという話が最近、出ているほどだった。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。