よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第四話 星形のしるし

島村洋子Yoko Shimamura

 その時、禿のこりんが走ってきて、
「花魁、菱川永徳斎さんが、是非、今度は龍田川さんおひとりの絵姿をお願いしたいと言って見えましたが」
 と言う言葉に龍田川の顔はぱっと明るくなった。
 何も気にしていないように見えてもやはり気にしていたのだ。
 このまま一津星の人気が高まっては面白くないのだろう。
「花魁も新しい頭にしてみますか」
 清吉の問いかけに嬉しい気持ちを隠すように龍田川は、
「いえ、わちきはこのままで」
 と気の強いところを見せたので、清吉は微笑んでその場を辞した。
 表に出るとずいぶん、日は傾いていた。
 店に早く戻ろうと清吉が早足になったところを、
「あの、もし」
 と呼び止められたので振り向くとお歌が追いかけて来ていた。
 お代はいらないと言ったのがかえって来づらくさせたみたいで、お歌を見掛けるのは久しぶりのことだった。
「いまそちらに向かっていたところなんです。私、旦那に遅まきながら来月から花魁にならないかと言われまして、お代金はお支払いいたしますからこれからは店のほうにいらしてくれませんか」
 お歌の言葉に清吉は頭を下げた。
「それはそれはおめでとうございます。お手伝いを手前にさせていただけるなんて望外の喜びでございます」
「私もそのうち一津星さんのように永徳斎さんに描いていただいて評判になるようなそんな花魁になれるよう精進いたします」
「もちろんお歌さんなら早晩そうなりますとも」
 清吉は深くうなずいた。
 お歌を買うと運がつく、という評判は広まりに広まっていたので御披露目の日はさぞかし華やかになることだろう。
「そう言えばあの両国の呉服屋の若旦那の話はどうなりましたか」
 やはり北千家の家元の力で現れなくなったのだろうか。
「それが息子さんのほうはお見えにならなくなりましたが、旦那のほうは相変わらずご贔屓にしてくださっていますよ。私は結局、何もお伝えしませんでした。花魁になってからはちょっと花代も変わりますのでこれまでのご贔屓様がどうなるのかは私も心配しているところですが」
 ますます清吉には家元の意図がわからなかった。
 ただいままで暗かったお歌の晴れ晴れとした顔を見ているとなんだかほっとして、やはりこの星形のほくろを持った女は自分の妹かも知れないという気がしていた。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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