よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第四話 星形のしるし

島村洋子Yoko Shimamura

   七

 一津星の人気に多少の焦りもあった龍田川だったが、馴染みの客に、
「あの絵姿を見て憧れている茶屋の娘たちに、いやいや春日屋はそんなもんじゃない。もっと綺麗(きれい)な龍田川っていうのがいるんだよ、と言ったらみんな驚いていたよ」
 と言われたり、主人の春日屋幸兵衛(こうべえ)に、
「いやあ、一津星さんもようやく龍田川さんの人気に追いついて来たようだけれど、これでまた龍田川さんの絵姿なんかが出るとどうなるんだろうね。龍田川さんの大勝利かな」
 などとうまいことを言われてぎりぎりのところで落ち着いていた。
 海千山千の幸兵衛のことだからあちらに行けばきっと、
「いやあ、もう誰も一津星さんにゃ勝てませんわなあ」
 と言って笑っているのも龍田川にはわかっていたのだが。
 髪を直しにやって来る清吉はこちらの気持ちを知ってか知らずか、いっさい一津星の話はしない。
 そしてこの日は不思議な話を持って来た。
「そいつがどこの誰かはわかりましたよ」
 龍田川に品川宿の紙問屋の倅と名乗っていたが、実は日本橋の海苔屋の倅で、「親父にもうここには通って来るなと言ってくれ」と言った男を調べるとその実、海苔屋の倅でもなかったらしい。
「いったい何処(どこ)の誰なんでしょう」
 まったく面妖な話である。
「それが、茶道の家元なんですよ」
 ええっ、と思わず驚きの声が出た龍田川だったが、そう言われてみれば身のこなしがなんとなく優雅で丁寧な感じがした。
「どうしてそれがわかりんしたか」
 龍田川の問いかけに清吉は答えた。
「出入りの道具屋が、あれは茶道の家元に似てるんだがまさかそんなことはあるまい、おかしいな、と話しているのを見かけまして。咄嗟(とっさ)のことでちゃんと男の顔は見てないんですが、着ている物も良い趣味でたぶん間違いないかと思います。優男(やさおとこ)でしたし」
「そんなことして何の得があるんでしょう」
 そもそも金も時間もかかることなのに酔狂なことである。
「よくはあっしにもわかりませんが」
 と言う鏡の中の清吉を見ながら龍田川は首を捻(ひね)った。
 しかし他の店の留袖新造にもまったく同じことを言ったらしいと聞いて、これはもう自分が考えても無駄だとでもいうふうに唇を尖らせた。
 そんな可愛らしい仕草を見るにつけてもこの人は他の誰とも違う特別な花魁だと思う清吉だったが、この龍田川のもとに通ってお床入りも叶(かな)うとなったのに指一本も触れて来ないというのは同じ男として考えられないことである。
 それでも海苔屋の倅に父を諌(いさ)めてくださいと頼まれたというならわからんでもないのだが、角海老楼のお歌も同じ目にあっているというのが奇妙な話である。
 龍田川と馴染みになるだけでも大枚をはたいたことだろうし、お歌のほうも龍田川ほどの金額ではないにしても人気があってなかなか御目文字が叶わないというのに。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

Back number