よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第四話 星形のしるし

島村洋子Yoko Shimamura

「しかし何か新しく変えたい思いがあるならご一緒に考えましょう」
 そう言う清吉の言葉に、
「変えたい、変えたいか……」
 と独り言のようにお歌はつぶやいた。
「うまくいかない時に髪を切って運気を変える方がいらっしゃいますもんで」
 あなたはいま売れに売れている最中なのだからこのままのほうが、と清吉は言外に言ったのだ。
 お歌が売れている評判が立つのも早かったが、売れなくなったらその噂はもっと早く流れるだろう。
 それはあの髪結いのせいだとなっては、せっかく一津星の絵姿のおかげで名が上がった自分にとっても良いことではないと清吉は判断したのである。
「そうですね、ではこのまま」
 と頭を下げて帰ろうとしたお歌に、
「ちょ、ちょいお待ちを」
 と清吉は呼びかけた。
「せっかくいらっしゃっていただいたのだから、撫(な)で付けて整えますんで」
 いまほくろを見ないともうお歌と会う機会はないと思った清吉は慌てた。
 いつの間にかおしのばあは奥に下がったのか用足しに出かけたのか姿が見えなくなっている。
 清吉はお歌をひとまず座らせて、襟足を覗(のぞ)いた。
 するとたしかに噂どおりの星形のほくろがあった。
 間違いない。
 あちこち探し回ったのに見つからず、最後は吉原しかないかと苦界までやって来たのがついに妹を探し当てたのである。
 鏡越しに、自分と似ているだろうかとためつすがめつしてみたが清吉にはよくわからない。
 親類すらもいないので似ている者がいるかどうかも判然としない。
 となれば話から判断するしかないが、今日出会ったばかりで突然、身の上話を聞くのも変な話である。
 よくある天候の話や好きな着物の柄など清吉は当たり障りのないことを尋ねた。
 するとだんだん打ち解けてきたお歌はにこにこしながら返事をするようになった。
 笑うとえくぼができて人なつっこい可愛(かわい)さがある。
「ほんとにたまたま富籤が当たった人や博奕に勝った人が続いたんです。そしたら評判になっちゃって」
 息もつけないほど人が押しかけて初めは嬉しかったが、最近はその重圧に苦しくなることもあるので三日に一度ほど買い物に出てぷらぷらとこの辺を歩いている、と言った。
「前はいろいろうるさかった旦那さんも私が稼ぐようになってからは、『たまの気散じだ、楽しんで来るといいよ』と機嫌良く出してくれるんですよ」

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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