第四話 星形のしるし
島村洋子Yoko Shimamura
六
龍田川があの首筋のものについて何かを隠していることはわかったが、それが何なのか判然としないまま、気になる思いを抱えて清吉は店に帰った。
髪結処亀屋(かめや)はまだ時分ではないので静かである。
店主のおしのばあが道具をひとつひとつ手入れしているこの時間が清吉は好きであった。
自分の中に溜(た)まったもやもやをいったんまっさらに戻して、また夜に向かって新たな気持ちに戻せるからだ。
「そういやあ、半刻ほど前に清吉さんをお願いします、って角海老楼の新造さんが見えてたよ」
と振り向いたおしのばあがすべてを言い終わらないうちに、
「御免くださいまし」
と暖簾(のれん)をくぐって入って来た者があった。
逆光ですぐには相手が見えなかったが、聞き覚えのないその声でさっき来たという女だとわかった。
「清吉さんはお戻りですか」
「はい、失礼いたしました。たったいま戻りました」
店におずおずと入って来た女をまったく見たことが無かったが、その手に握られた絵姿で清吉はすべてを理解した。
近頃、一津星の絵姿を持ってやって来る者が増えた。
一津星の髪を結った者の名前はどこにも出ていないのに、どうやって聞きつけて来たのだろうか、これは亀屋の清吉による新しい髪形だとみんな知っているのである。
「これから結ってもらえますか」
その女は遠慮気味に言った。
「角海老楼のお歌と申します。この一津星さんの絵姿があまりに素晴らしいので、どこの髪結いさんかとあちこちでお尋ねしましてここに行き当たりました」
角海老楼のお歌、と聞いて清吉は急に胸が高鳴るのを感じた。
あの星形のほくろがあると評判の新造ではないか。
もしかしたら幼い時に生き別れになった妹ではないか、是非ともお歌に会いに行きたいと思っていたのだが、まさか向こうから来てくれるとは。
「私に似合う髪というのはありましょうか」
押すな押すなでいま、売れている遊女にしては気が弱そうだなと清吉は思った。
噂によると何やらそのほくろが吉と出たらしく、お歌を買った翌日から博奕は勝つわ富籤(とみくじ)は当たるわ、本業も良くなると評判が高いので、もっと勝ち気な女かと勝手に想像していた清吉は拍子抜けする思いだった。
「いまの髪もお似合いですよ」
清吉はお世辞ではなく言った。
よくある島田髷(しまだまげ)なのだが、おとなしい様子のお歌にぴったりに思えた。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。