よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

        *

「叔父御らしいぜよ」
 縁側に腰かけた若者がそう言って大笑するのを、東洋は隣で見ていた。若者は妻の兄の子である。
「後日、松下殿からも直々に酒の席のこと故、穏便にという挨拶があったがぜよ。じゃが、本家筋の縁戚に当たる御方の頭を叩いておって、御咎(おとが)め無しという訳にもいかんじゃろ」
「そいで格禄取り上げ、城下四カ村禁足」
「ここんところで、ぱちんと弾けると、もう自分でもどうもできんがじゃ」
 言って東洋は眉間と鼻の境目のあたりを何度か指で叩いた。
「悪い癖じゃち言うことは解っとるんじゃが、自分でもどうすることもできんがじゃ」
「頭に血が昇らんかったら、叔父御は文句のつけようがないきに。そんくらいの愛嬌があってもらった方が良いぜよ」
 鼻の下をこすりながら笑う甥に、笑みを返しつつ口を開く。
「まぁ、格禄のうち百五十石は源太郎(げんたろう)に与えられ、馬廻りの格も奪われんかったんは、容堂様の御慈悲じゃき」
「要は嫡子である源太郎に家督を譲ったっちいうことになっただけですろ。容堂様は叔父御の気持ちをちゃんと解っちょったがぜよ」
「当たり前じゃ」
 答えて東洋は胸を張る。
「容堂様はこん土佐を変えてくれゆう御人じゃ。あの方がかならず土佐の旧弊を打破し、この国難を乗り越えてくれゆうはずじゃ」
「そんためにも叔父御は容堂様の御側におらにゃいけんかったがじゃないがか」
「そいを言うなち」
 これ見よがしに肩を落とし、東洋は甥にむかって笑う。それから膝下の湯呑を取って、静かに口許に運んだ。
「こん暮らしも悪うはなかち思うとるがぜよ」
 縁のむこうに見える庭を紅葉が覆っている。翳(かげ)りはじめた陽の温(ぬく)もりを払うように吹く秋風の冷たさが心地よい。
 嘉兵衛に手を上げ土佐に戻った東洋は、城下に住むことを許されず、高知を転々とし、土佐を大地震が襲ったのを機に、鶴田に居を定めた。江戸を離れて一年半が過ぎようとしているが、いまだ赦免の報(しら)せはない。
「儂(わし)はもう四十じゃき、ここに骨を埋めても良かち思うちょる」
「なにを言いゆうがですか。まだまだ叔父御は隠居するような歳じゃないがですろ」
「日ノ本はいま、国難っちゅう大きな渦に呑みこまれちょる。御公儀が鎖国の御禁令をみずから破る世の中じゃ。こいからもこん国はめまぐるしく動くじゃろう。こいからは儂のような年寄りじゃなく、おまん等のような若者の出番じゃ。そう思うちょるからこそ、おまん等を集めて講義をしゆうがじゃないがか」
 若者たちを集めて開く講義の場を、東洋は少林塾と呼んだ。長曾我部元親(ちょうそかべもとちか)の菩提寺である少林寺にちなんで名付けた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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