よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

「異国の者等は清国を食い物にしよった。そいはどうしてじゃ」
「阿片(あへん)によって民が骨抜きにされ、夷狄の横暴に耐えかねた清国が……」
「戦こうたからじゃろうが」
 また阻むと眉が震えた。存外、解りやすい。簡単に露わになる性根を隠すために、瑞山は訛りを廃した話しぶりで平静を装っているのだろう。みずからが予定した流れを阻まれると、途端に心に乱れが生じる。それが眉の震えになって顕れていることを、果たして瑞山自身は知っているのだろうか。
「おまん等が夷狄と呼ぶ者等は、儂等が刀を取るんを待っちょる。自分たちからは決して喧嘩を仕掛けん。やられてやり返すだけじゃ。しかもやり返す時には、相手が二度と刃向えんよう徹底的に潰すがじゃ」
「しかしっ」
「やるつもりじゃったら、条約なぞ結ばんじゃろうが」
 またさえぎってやった。瑞山の整った鼻が震え、鼻の穴から荒い息が漏れだす。
「勝てん相手に戦(いくさ)を仕掛けるんは愚か者のすることじゃ。尊王攘夷ちゅう言葉はたしかに聞こえは良いが、儂から言わせれば勢いだけで、中身はなんもない。だからぜよ」
 東洋は身を乗り出し、瑞山を見据えた。
「儂は日ノ本の国を変えないかん思うちょる。日ノ本の国を変えるためには、まずは土佐からじゃ。異国と取引をし銭を儲け、黒船や大砲を買う。そいだけじゃ駄目ぜよ。こん国でも造れるようにせないかんき、学ばないかん。そんためにも芸家に縛られん藩校がいる。敵を倒すためにはまずは、相手を知ることじゃ。そして利用できるもんは利用せにゃならん」
「東洋様は開国を御望みか」
 瑞山の白い頬が引き攣(つ)る。
「攘夷じゃ開国じゃと分けて考えるから、頭が固うなるがじゃ。こん国を守るために、なにをせにゃならんのか。それが大事じゃないがか瑞山。おまんこん国を守るためには、何をすれば良いち思うか」
「夷狄を追い払うのです」
「違う。国を変えるがじゃ」
 東洋は断言した。
「国を変えるちゅうんは、骨が折れるがぜよ。反対する者等を丁寧に、時には荒く説き伏せて、なんとか横車が押せるがぜよ。なにもかも押し退けて車は通れんき。なぁ瑞山」
 身を乗りだし、東洋は瑞山の顔を正面からじっと見据える。
「おまん、儂の元で学んでみんか。おまんなら、政のなんたるかが解る思うがぜよ。儂の元で土佐を変えるんじゃ。事を焦ることはないがちゃ。攘夷はまだまだ時がかかるがぜよ」
「我等を懐柔なさるおつもりかっ」
 白札郷士が畳を激しく叩いた。
 駄目だ……。
 東洋は目の前の若者に落胆の念を禁じ得なかった。高潔なまでにみずからを肯定していて、まわりが見えていない。これではこの男の瞳の奥に輝く才気の光も、宝の持ち腐れだ。才がある故に、尊王攘夷という勢いに頭の先まで浸かってしまっている。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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