よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第三話 絵馬の花嫁

島村洋子Yoko Shimamura

 美しい女の顔はみなどことなく似ているものではあるが、それにしても憂いを含んだ大きな瞳や小さく整った鼻、形の良いぽってりとした唇、どこをどう見ても龍田川である。
 有名な花魁や人気の芸者の絵姿は絵師も描きたがるし、江戸の土産(みやげ)に喜ばれるものでもあったので、浮世絵になることは誉れであった。
 宣伝にもなるので、店も積極的に協力するから龍田川も何度か浮世絵には描かれたことだろう。
 それにしてもまんまその絵姿を写して描く絵師がいるだろうか。
 もちろんこの世には他人の空似ということもある。
 目を凝らして賽銭箱(さいせんばこ)の裏側にまで身をのりだした清吉だったが、死んだ者が辰巳村丑蔵としかわからなかったし絵師の名も見えなかった。
 しかし龍田川がまさしく絵の中にいる。
 他にも古くなった婚礼の絵はいくつか見えたが、表情はどれも薄ぼんやりしていた。
 花嫁はみなそれぞれ美しい女だったけれど、花嫁人形などによくある空想上の女の典型な顔立ちだった。
 だがその龍田川にそっくりな花嫁が描かれた新しい絵だけがやけに生き生きして見えた。
 隣にいる紋付羽織り袴(はかま)の男にはそれほどの生気はなかったが、花嫁だけはこの世に生きているように生々しく見えた。
 清吉は恐怖にかられた。
 もしかしてこれが本当に龍田川を描いたものだったら命にかかわるやもしれない。
 引き手茶屋に常連を迎えに行ったりお披露目(ひろめ)をする顔見せ道中は、その場にいる誰もが花魁の顔を間近に見られるわけだから、龍田川を見た絵心のある者がその姿を描きたくなるのもわからぬことではない。
 あるいは二十歳で死んだ丑蔵が龍田川の客だったとしたらどうだろう。
 しかしそれがいくらあの大きな絵を奉納する金のある家の息子だろうが、二十歳で花魁のもとに通える者はそうはおるまい。
 あの絵に描かれた男に見覚えはないかと龍田川を東八幡宮に連れていければ簡単な話だが、いかんせん龍田川は廓を出られない。
 中途半端なことを言って心配させてもいけないので清吉は龍田川に、
「花魁のお客様で一番、お若い方はおいくつくらいなんですか?」
 と問うた。
「そうさねえ、三十とかかねえ、庚(かのえ)の戌(いぬ)年というお人がおりんさったから」
 と言う返事を聞きながら、清吉はどうして花魁はいつも襟の奥に貼り物をしているのだろうと考えていた。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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