よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第三話 絵馬の花嫁

島村洋子Yoko Shimamura

   十二
 
 大塚初右衛門は人に問われれば自分の生業(なりわい)を「冠婚葬祭」と答える。
 しかしそれぞれに代々それを生業としている本業がいるのだから、父ともども使い込みの疑いをかけられて失職した行き場のない初右衛門のやっているのは、それらのちゃんとした人が手を出さない奇妙なものばかりである。
 死者が生前に望んでいた婚礼や伊勢参りの旅などを絵馬にして奉納するのだ。
 それがあの世で叶うかどうかは正直なところ初右衛門には知ったことではなく、施主の望みを叶えればそれでいいことである。
 初めのうちは訝しがっていた父も最近では、
「人に喜んでもらえる良い仕事じゃ。お前にお礼を言うぞ」
 と満足そうである。
 父の庄兵衛は石部金吉(いしべきんきち)のような気性で不本意ながらこのような仕事についても間違ったことが大嫌いである。
 この前もなぜだか生きている女と死んだ自分の甥の夫婦絵馬を奉納してくれ、と言って来た婆さんのことを追い返していたが、初右衛門はそれをこっそり受けることにした。
 生きている女がどこの誰だかは知らないが、絵馬に描いたとしてもそれほど似るとも思えなかったし、暗い堂内に掛ける絵馬に描かれた絵姿を、本人やそのまわりの人間が目にするとも思えない。
 金は二倍もらうということで絵師を絵姿になる女に会わせる手配にした初右衛門は驚いた。
 その生きている女というのは吉原の有名な花魁で、春日屋の龍田川という源氏名の昼三(ちゅうさん)だった。
 話が決まってからは初右衛門と絵師は何度も龍田川を見に吉原に出かけたが、見るたびに龍田川はこちらに与える感じが変わり、ただ顔形が美しいだけではなく、いわく言い難い色気にあふれていた。
 これじゃ俺もあの世で一緒になりたいと思ってしまうわいと思った初右衛門だったが、死んだあの若い男がこんな高級な花魁をものにできるでもなし、いったいどこで見染めたのだろうと不思議に思った。
 しかしそれを根掘り葉掘り聞くのも野暮なので、それとなく見ていた初右衛門がわかったことは婆さんももともと吉原の女であるということだけだった。
 師匠が良いのに売れない絵師の狩野春橋(かのうしゅんきょう)も腕によりをかけて絵馬に向かい、結局花嫁は驚くほど花魁の龍田川そっくりになった。
 しかし神主も堂の上のほうに掛ける手伝いの男も吉原などという悪所に関係ない者ばかりで、無事に辰巳村の丑蔵と龍田川の婚礼の絵馬は何の問題もなく飾られたのである。
 それからの初右衛門はいままでどおり冥婚屋を続け、なんとか暮らしは立っていた。
 あまりあの世のことは信じていなかったがそれでも何人かの依頼人に、
「息子が夢に出て来まして丁寧にお礼を言ってましたので本当に良かったと思います」
 などと言われることもあり、不思議なことはあるのだなと思うようになっていた。
 だからお礼というわけではなかったが、一のつく日には東八幡宮に参詣していた。
 いつも参詣のついでに絵馬などをぐるりと見廻(みまわ)る。
 かりそめの夫婦は絵の中にこぢんまりと納まっている。
 あの辰巳村の丑蔵もあんな美人とあの世で夫婦になれて満足だろうと初右衛門は暗い堂内の一番高いところに掲げられている絵馬を見上げた。
「え!」
 思わず声が出た。
 丑蔵は初右衛門が納めたひと月前の様子と全く同じだったが、女が違う。
 美しい女だったが、顔も姿も全くの別人である。
 なんだこれは。
 あの婆が気が変わって別の美人を甥の嫁にしたいというのか。
 初右衛門は慌てて絵馬を奉納した女のもとに使いを出した。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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