第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
信繁はぎこちない動きの太郎に付き添い、大井の方がいる北曲輪(きたくるわ)へ向かう。
「叔父上、本日はまことに有り難うございました」
「なんだ、水くさい……」
照れたように笑い、信繁が鼻の頭を搔(か)く、
「よく似合うておるぞ、太郎」
「……それがしも叔父上と父上の如(ごと)く、一緒に戦場(いくさば)へ出られるような弟が欲しゅうござりました」
太郎が俯(うつむ)きながら呟(つぶや)く。
「うーむ、いや、それは少々……難しき願いであるな」
信繁は少し困りながら答える。
晴信の次男、竜芳(りゅうほう)は幼い頃に失明したため出家しており、三男の三郎(さぶろう)は生まれつき病弱であり、齢十になった今も長い患いが続いていた。
そして、その下の弟が腹違いの諏訪(すわ)四郎(しろう)である。
「……これから兄上と義姉(あね)上に御子を望むというのも、ちと難しかろう。よしんば、来年に誕生したとしても、初陣を迎えるのは十五年も後のことであり、そなたは三十路(みそじ)を越えた兄だ。それに祝言を上げたならば、弟よりも先に、そなたの長男が生まれるやもしれぬ」
「はい。叶(かな)わぬ望みだとは存じておりまする……」
太郎は躊躇(ためら)いがちに訊く。
「……ところで叔父上、諏訪で生まれた弟に会うたことはありまするか?」
「ああ、まあ、何度かはな」
「どのような者にござりまするか?」
「……どのような者、と訊かれてもな。……ついこの間までは、乳飲み子であったからなぁ。答えようがない」
信繁が困ったように頭を搔(か)く。
「さようにござりまするか」
「太郎、弟たちのことをあまり気に病むな。これから、そなたには歳下の後輩たちが旗本衆として付き従うことになる。その者たちの面倒も見なければならず、いわば一門の弟のようなものだ。必ず、その中から血を分けたも同然のような間柄になる者が出てくるであろう。また、そのような者を側に置かねばならぬ。そなたはいつか武田家の惣領(そうりょう)となり、そうした家臣たちの寄親になるのだからな」
「はい。わかりました。……つまらぬことを申し、すみませんでした」
「いや、構わぬよ。何かあれば、いつでも話を聞く」
信繁は柔和な笑みを浮かべて答えた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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