第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
駒井政武と武田勢の護衛が守る輿は、しずしずと駿府の町を進み、夕刻前に興津(おきつ)へ到着する。初日の移動は無理をせず、身延道(みのぶみち/甲駿〈こうしゅん〉街道)の入口で一泊するためだった。
翌日から身延道を北上し、河内(かわうち)郡身延の穴山家の屋敷に入る。ここでも盛大な門火が焚かれ、今川家の姫を歓迎した。
そして、二十七日の日没前、嶺松院を乗せた輿は甲斐の府中へ入り、躑躅ヶ崎(つつじがさき)館へと向かう。町中の門前で松の木が焚かれ、今川家からの輿入れを祝っていた。
一行が到着すると、館の門に入る時、輿寄(こしよせ)の儀式が行われた。
それから、花嫁は輿から降り、介添えの侍女に手を預け、館の広間に設(しつら)えられた祝言の間に進む。
そして、嶺松院が床の上座につくと、緊張した面持ちの太郎が現れて婿の座についた。控えていた神人(じにん)が祝儀の詞(ことば)を述べ、「式三献(しきさんこん)」と呼ぶ酒式が執り行われる。
この後、初献の膳と雑煮が出るのだが、これは夫婦となる二人だけで行われる宴であり、父母兄弟や親族は立ち会わない。
そして、この間は婿も花嫁も白無垢(しろむく)の衣装を着る仕来(しきた)りになっていた。
初日の祝言が終了し、翌日の二日目なると、婿と花嫁は色直しで縁起の良い赤や青の衣裳を着る。これが済んだところで、初めて舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)となる婿の両親と対面できるのである。
それが十二月朔日(ついたち)のことだった。
晴信は割菱(わりびし)の大紋直垂(だいもんひたたれ)を身に纏(まと)い、袿(うちぎ)姿も麗しい三条の方と一緒に花嫁と面会する。
「花嫁御寮、ようこそ甲斐の府中へ参られた。太郎の父、武田晴信と申す。倅をよろしくお頼み申す」
「……こちらこそ、まだまだ不束者(ふつつかもの)にはござりまするが、どうかよろしくお願い申し上げまする」
嶺松院は頰を染めながら口上を述べた。
「不便なことがあったならば、この太郎か、ここにいる家内に何なりと申してくれ。遠慮することはない。本日から、そなたはわが娘だ」
優しげな口調で言い、晴信は微笑(ほほえ)む。
「有り難き御言葉にござりまする」
「さて、堅苦しい挨拶はこれぐらいにして、二人は新居に移ってくつろぐがよい。長い道中もあり、慣れぬことばかりで疲れたであろう。太郎、花嫁御寮を案内せよ」
「……はい、父上」
太郎は強ばった顔で答える。
すでに躑躅ヶ崎館の中には、太郎と花嫁御寮のために西の曲輪が新築されていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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