よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 ――己が敵の総大将ならば、いかように考える?
 晴信は地図を睨みながら思案をする。
 ――ここまで虚を衝(つ)き、尋常ならざる疾さで、われらの懐深くまで貫いてきたのだ。並の策は考えておるまい。余ならば……。
「兵部、敵の狙いはこの城と見せかけて、実は反対の方角かもしれぬ」
「と、申されますと?」
「青柳城を落としたのが、越後の先陣だとするならば、われらの眼を会田城へ引きつけておき、秘かに修那羅山(しょならさん)を越えて笹洞城を攻めるつもりやもしれぬ」
「北西の裏山から笹洞城を!?」
「そうとなれば、荒砥城の越後勢本隊も同時に動くぞ。狙いは、ここだ」
 晴信は地図上の城を示す。
「えっ!?」
 一瞬、飯富虎昌が絶句する。
「……塩田城であると?」
「さようだ。荒砥城から一気に岩鼻(いわばな)を抜け、上田原を通って塩田城へ攻めかかる。青柳城の越後勢は笹洞城を落とし、そのまま逃げる室賀勢を追いながら、塩田城へ向かう。案外、さような策ではないのか」
「ま、まことにござりまするか、御屋形様」
「この敵は、われらの意表を衝くことしか考えておらぬ。余の勘だが、さような戦模様を描いているような気がしてならぬ」
「はぁ……」
「ならば、こちらも相応の戦い方をするまでよ。そなたは引き続き、青柳城と会田城の様子を探り、会田城に敵兵がいなければ、ここから笹洞城へ向かうがよい。余は明日、この城を出立し、保福寺道(ほふくじどう)を使って塩田城へ向かう」
「まことにござりまするか」
「ああ、まことだ。この戦は策の読み合いとなる。相手よりも一手先に動かねばならぬ」
「されど、御屋形様。もしも、越後勢が策を変え、この苅谷原城を狙うてきた時はいかがいたしまするか?」
「深志城から信房を援軍に出す。その手筈(てはず)は整っているゆえ、心配いたすな」
「……承知いたしました」
「源四郎(げんしろう)はおるか?」
 晴信は使番の飯富昌景を呼ぶ。
「こちらに」
「そなたは砥石城の真田のところへ行き、これから余が申す策を伝えよ」
 晴信は地図を示しながら、己が考えた策を伝える。
「よいか、源四郎。この策はわれらが同時に動くことが肝心だ。そのことを真田に念押ししてくれ」
「御意!」
 飯富昌景が一礼してから立ち去る。
 ――こたびの敵、一筋縄ではいかぬ。
 晴信はそう直感していた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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