よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「ならば、当家と今川家の同盟に北条家を加え、三者で互いに背を預け合うのが上策ということか。確かに、われらが見据えている方角は三者三様であり、今のところは利害がぶつかることもない。それが義元殿の見立てか」
「お察しの通りかと。さらに、治部大輔殿には齢十五となる龍王丸(りゅうおうまる/後の氏真〈うじさね〉)殿がおられ、元服を機に北条家と縁組ができないかと模索なさっているとのことにござりまする」
「なるほど、ちょうど、この三家には縁組を控えている同じ年頃の男女がいるということか」
 晴信は腕組みをして頷いた。
 ――さすがは義元殿。見切りが早い。河東(かとう)での遺恨はあっさりと水に流し、勢いづいた北条家を取り込んでしまおうという魂胆か。上野での戦を見据えているならば、北条氏康にとっても確かに利はある。されど、果たして当家との縁組に乗ってくるか、否か。
「是非に検討してみたいと義元殿に伝えてくれ」
「御意!」
 駒井政武は安堵(あんど)したように頭を下げた。
 間もなくして、関東管領職の山内上杉憲政が上野国を出奔したという風聞が甲斐に流れてくる。
 しかも、憲政の逃げた先が越後国(えちごのくに)であり、己よりも遥(はる)か歳下の越後守護代、長尾(ながお)景虎(かげとら)を頼ったという。
 それを聞いた晴信は訝(いぶか)しく思った。
 ――同族の越後上杉家を頼ったというのならばまだしも、格下で若造の守護代を頼るとは、いったいどういうことなのか。
 すぐに跡部(あとべ)信秋(のぶあき)を呼び、諜知(ちょうち)を命じる。
「伊賀守(いがのかみ)、関東管領が越後へ逃げたという話は知っておるな」
「はい。聞き及んでおりまする」
「越後守護代の長尾景虎を頼ったというが、何者か、調べてくれぬか」
「承知いたしました。北信濃(きたしなの)の中野(なかの)城主、高梨(たかなし)政頼(まさより)が長尾景虎の叔父であるということはわかっておりますが、さらに詳しく探ってみまする。北信濃に関わりがあるとなれば、当家の邪魔にならぬとも限りませぬゆえ」
「そうだな。村上(むらかみ)義清(よしきよ)と高梨政頼のこともある。入念に探りを入れてくれ」
「御意!」
 跡部信秋は北信濃から越後にわたる諜知を行うため府中を後にした。
 こうして様々な物事が動いていく中、甲斐の府中にも春が到来し、三葉躑躅(みつばつつじ)の花蕾(はなつぼみ)が綻(ほころ)び始めた頃のことである。
 晴信の母、大井の方の容態が急変し、抜き差しならない状況となった。
 北の曲輪には薬師(くすし)が常駐し、妻である三条(さんじょう)の方(かた)が付ききりで看病していた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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