第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
青柳清長から切迫した状況を聞かされた会田幸久は城を捨てると決め、青柳勢と合流してさらに南の苅谷原城へ落ち延びようとした。
この苅谷原城には、武田家でも屈指の猛将、飯富虎昌が入っていたからである。
だが、会田城のある東筑摩郡まで迫れば、松本平は目と鼻の先であり、晴信のいる深志城もあった。
それが天文二十二年(一五五三)九月三日のことだった。
次々と届く報に、晴信はわが耳を疑う。
たった二日で四つの城を落とされていた。
「何よりも越後勢の士気が異様に高く、その動きの素早さと精強さが、村上勢の倍ほどと感じられます」
伝令がそのように報告してきた。
――この進軍、小手調べというには、度が過ぎておるぞ!?
完全に己の楽観を覆されていた。
晴信はすぐに敵の進軍経路を地図で辿り、狙いを推察する。
――おのれ、敵の狙いは苅谷原城から、この深志城か!?……ならば、まことに越後の総大将、長尾景虎が来ているのやもしれぬ!
そう判断し、馬場信房を呼ぶ。
「早馬を飛ばし、兵部に苅谷原城を死守すべしと伝えよ。そなたはその援護に備えよ。余も出陣の支度をいたす!」
晴信は眦(まなじり)を決して立ち上がった。
御屋形様、御出陣。
その触れが各城へ廻(まわ)り、武田の将兵たちに緊張が走る。
二日後、晴信の率いる本隊は深志城を出立し、まずは苅谷原城へ入る。
「兵部、会田城に入った越後勢はどのくらいの兵数であるか?」
晴信が飯富虎昌に訊く。
「……それが、御屋形様。ひっきりなしに物見を放っておりまするが、どうも敵方は会田城に入ってはおらぬようにござりまする」
「それは確かか?」
「はい。それゆえ、物見を青柳城の近くまで行かせておりまする」
「ならば、越後勢は青柳城と荒砥城にいるということか。狙いは、この苅谷城ではないのか……」
晴信が小首を傾(かし)げる。
――だとするならば、次の標的はどこだ?……葛尾城、あるいは砥石城か?
どちらにしても違和感があった。
敵が荒砥城まで進んだ疾(はや)さを考えるならば、青柳城と同時に葛尾城も落とせないわけがなかった。
しかし、葛尾城の奪還など眼中にないというような素振りで会田城へ兵を進めている。しかも城には居座らず、青柳城へ戻っているらしい。なんとも面妖な動きだった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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