第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
神無月(十月)を迎え、甲斐の府中に戻った晴信は、山本(やまもと)菅助(かんすけ)と輿石(こしいし)市之丞(いちのじょう)を呼ぶ。竜王鼻(りゅうおうび)の治水でめざましい成果を上げた二人だった。
「菅助、このところの甲斐からの出陣で感じたことがある。府中から逸見路(へみじ)を使い、韮崎(にらさき)から若神子(わかみこ)城辺りまでは煩いなく、迅速に動くことができる。されど、そこからの進軍がどうも間怠(まだる)く、満足がいかぬ。もう少し迅速に諏訪へ出ることができぬかと考えていた」
晴信の意を汲(く)み、山本菅助が答える。
「軍道(いくさみち)の整備にござりまするか」
「そういうことになるな。これから信濃の広範な地で戦を構えるとしたならば、もっと甲斐の府中と諏訪が緊密に結びつかねばならぬ。菅助、市之丞も交え、何か良き案を考えてくれぬか」
「はい。承知いたしました」
山本菅助と輿石市之丞が頭を下げる。
この日から二人は甲斐と諏訪の地図を睨み、軍道の整備について話し合った。
十日ほどが経ち、山本菅助と輿石市之丞が案を具申する。
「御屋形様、仰せの整備につきまして、いくつか案をお持ちいたしました」
「菅助、思いの外、早かったな」
「お急ぎのことと存じまして」
「すぐに話を聞きたい」
「有り難き仕合わせ。こちらをご覧くださりませ」
山本菅助は甲斐と諏訪を繋(つな)げた地図を開く。
「御屋形様の仰せの通り、府中の貢川橋(くがわばし)を発し、韮崎の次第窪(しだいくぼ/穴山郷)を通り、若神子城へと至る逸見路は騎馬二頭が併走できる道幅がありますゆえ、煩いもなく行軍ができたと存じまする。この馬二頭分の幅は、小荷駄隊が難なく進める幅でもありまする。されど、これまでの経路は、若神子城で軍容を整え直した後に、北杜(ほくと)の台ヶ原(だいがはら)宿を通り、小淵沢(おぶちさわ)へと進んでいたため、釜無川(かまなしがわ)を渡らねばならず、大きく北西へと迂回(うかい)しておりました」
菅助は人差し指で地図上の経路をなぞる。
「なるほど。それが最短だと思うておった」
「されど、台ヶ原宿を経由せず、若神子城から北杜の長坂上条(ながさかかみじょう)へ進み、そのまま小淵沢を目指せば、道筋はほぼ真っ直ぐにござりまする。されど、若神子城から長坂上条へ至る道は狭く、これまでは行軍に向かぬとされてきました。まずは、この道を騎馬二頭が併走できる幅に拡張いたせば、小淵沢へすんなりと着けるのではありませぬか。府中から諏訪を目指す時、若神子城での休息が必須と考えますれば、諏訪への軍道の起点はこの城ではありませぬか」
「確かに、そなたの申す通りかもしれぬ」
晴信は眼を細め、深く頷いた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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