第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
駒井政武がその要望を持ち帰り、恐る恐る主君に伝える。
「……御屋形様だけにではなく、北条氏康殿にも同様のお話がいっているそうで」
「雪斎殿はどこで会おうと申しておった」
「以前、太原雪斎殿が修行なされていた富士郡今泉(いまいずみ)の臨済(りんざい)宗禅寺、善得寺(ぜんとくじ)でいかがかと申されておりました」
「まさに因縁の河東にある寺で相まみえようということか。そなたはどう思う、高白?」
「……あ、あまりに荒唐無稽な話ゆえ、真に受けるのはどうかと。お断りしても、問題ありますまい」
「さようか。余は行ってもよいぞ」
「ええっ!」
駒井政武が思わず仰(の)け反(ぞ)る。
「……まことに、ござりまするか?」
「ああ、北条氏康殿が恐れずに来るのならばな」
「……氏康殿が……恐れずに」
「一度は会うてみたいと思うていた漢だ。顔を見られるのならば、断る理由はなかろう」
「されど……」
「この面会で最も度胸が試されるのは、氏康殿であろう。それを撥(は)ね除(の)け、来ると申されるならば、余に異存はない。雪斎殿に、『北条氏康殿が罷り越されるのならば、是非お伺いしたい』と武田晴信が申しておりました。さように、お伝えせよ。もちろん、氏康殿にも、そのままお伝えくだされ、と」
晴信が微笑みながら言う。
「……まことに、よろしいので?」
「構わぬ。面会には、それぞれ信頼できる家臣を二名だけ伴えばよかろう。この際だ、惣領同士、肚(はら)を割って話をしてみるのも悪くなかろう」
晴信は本気で北条氏康に会いたがっていた。
――あの河越城夜戦を切り凌いだ漢を一目見てみたい。
それが本心だった。
この話を太原雪斎に返すと、すぐに返事があった。
『北条氏康殿が同じことを申されておりますので、某月某日、是非に善得寺へお越しくださりませ』
その書状を読み、晴信は思わず笑みを浮かべる。
――北条氏康が断るはずがなかろう。いや、意地でも出張ってくることはわかっていた。そうでなければ、盟約の相手にならぬ。
こうして、前代未聞の会盟が富士郡今泉の善得寺で行われることになった。
普通ならば、あり得ないことである。
しかし、晴信は今川義元には会ったことがあり、北条氏康も同様だった。
ならば、盟友となるかもしれない漢の顔を確かめておきたいというのは、晴信も北条氏康も同じ心境かもしれなかった。
――さて、二名の供。いったい誰を連れていくか。
晴信はまるで遊山に行くかのように浮かれていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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