よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 ――鬼美濃(おにみの)では、行った先から喧嘩(けんか)を始めるやもしれぬ。義元殿には雪斎殿、氏康殿には義弟の地黄八幡(じきはちまん)、これは決まりであろうな。板垣の代わりに連れて行くとしたならば、誰がよかろう。信繁にこれを見せておくべきかもしれぬな。
 しかし、同時に「己と信繁が討たれたならば、武田家は終わりかもしれぬ」という考えもよぎる。
 ――いや、そうはなるまい。一人は、信繁で決まりだ。もう一人は……。
 晴信は飯富虎昌を指名した。
「……いやいやいや、それがしにさような大役は務まりませぬ。畏れ多くて、陰嚢(いんのう)が縮みまする。護衛役ならば、鬼美濃殿が適任にござりまする」
「そなたは太郎の傅役ではないか。こたびの会盟は三家の縁組あってのことだ。兵部、覚悟を決めよ」
「……確かに、若の御縁組ではありますが、それがしのような粗忽者(そこつもの)が粗相をしたならば」
「臆しているのか?」
「いいえ、滅相もござりませぬ。つい昂(たか)ぶり、粗相をいたさぬかと心配で」
「それはそれで一興。余は北条氏康の顔が見たいだけだ」
「……まことにござりまするか?」
「ああ、まことだ。そなたも見てみたくはないか、八万余の軍勢に、一万で勝った漢の顔を?」
「それは是非に拝見しとうござりまするが」
「では、決まりだ。されど、河東から帰ってこられるかどうかは定かでないゆえ、用があるならば済ましておけ」
「お、御屋形様ぁ……」
「さようなはずはあるまい。兵部、ここからは真面目な話だ」
 晴信が真顔に戻る。
「今川の太原雪斎殿と氏康殿の義弟、北条綱成(つなしげ)をしかと見ておけ。必ず、供してくるはずだ。それがこたびのそなたの役目だ」
「承知いたしました」
 飯富虎昌も神妙な面持ちで答える。
 もちろん、同じことを弟の信繁にも伝えていた。
 そして、暦が卯月(うづき/四月)に入り、晴信は富士郡今泉の善得寺へ向かった。
 身延道にも春の花々が咲き誇り、むず痒(がゆ)いような陽気に包まれている。駿河との国境を越え、岩淵(いわぶち)から富士川を渡り、東側の今泉を目指す。
 会盟に同席できる弟の信繁と飯富虎昌、それとわずかな護衛だけを連れていた。
 決められた刻限の少し前に善得寺へ着くと、門前まで太原雪斎が迎えに出てくる。
「大膳大輔殿、遠路旁々(かたがた)、ようこそ参られました」
「雪斎殿、息災で何より」
 晴信は下馬しながら言った。
「駿河守(するがのかみ)殿のこと、返す返す残念にござりまする。拙僧が初めてお会いした武田家の重臣にござりますれば」
 確かに、太原雪斎が言う通り、今川家と武田家の縁は、板垣信方とこの者の尽力によって結ばれていた。
「代わりに、わが弟の典厩(てんきゅう)信繁と嫡男の傅役、飯富虎昌を連れてまいりました」
「さようにござりまするか」
 太原雪斎はそれとなく二人の顔を窺う。
「まあ、挨拶は後にするとして、北条殿はお着きになっているのであろうか?」
「はい。少し前に到着なされ、堂内で待っておられまする」
「余が一番遅かったということか。まあ、ここからは甲斐の府中が最も遠い。よしとしてくだされ」
 晴信は薄く笑い、大きく伸びをした。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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