よみもの・連載

軍都と色街

第三章 舞鶴

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 新幹線をおりて、京都駅の構内を歩き、山陰本線東舞鶴行きの電車が出るホームへと向かった。日本語の看板はあるものの、背丈も肌の色も様々な外国人の観光客が目につき、ここだけを見ていると、どこか異国の駅を歩いているような気分になってくる。私と集英社の田島さんは、軍都の色街を巡る旅のため舞鶴に向かおうとしていた。
 すでに田島さんとは、日本各地を一緒に旅している。年齢はひと回り以上年下の三十代前半。時にジェネレーションギャップを感じることもあるが、常に朗らかなところが、取材の同伴者としてストレスを感じさせない。ちなみにこの旅は、私が田島さんに企画を出し、「それは面白いですね」という彼の屈託の無い同意からはじまっている。
 私が田島さんと知り合ったのは、今から一年半ほど前のことだ。拙著『青線』を読んでくれて、面白かったと言って連絡をくれたのだった。それから一ヶ月ほどして、私たちは顔を合わすことになった。
 待ち合わせの場所に現れたのは、意外といってはなんだが、色街のネオンというよりは、青空と芝生が似合う、スポーツが好きそうな青年だった。
 このような若い人が自分の著作に興味を持ってくれたのが、掛け値無しに嬉(うれ)しくもあったが、果たして色街という存在のどこに惹(ひ)かれたのか気になった。
 私は若い頃から東南アジアのバンコクやマニラなどをはじめ、横浜の黄金町など日本や世界の悪所を歩き、散々遊び尽くしたうえで、色街の成り立ちや歴史、さらには軍都との関わりというものに興味を持つようになった。彼と同じ年齢の頃はといえば、遊ぶことに精力を注ぎ込み、色街の背景などについては二の次であった。
 田島さんが社会人となった頃は、日本各地の色街は摘発などにより姿を消しつつあった時代である。かつて私が取材した横浜の黄金町は、二〇〇五年、田島さんが高校生の頃に摘発により消滅している。
 名刺を交換し、挨拶を交わしたあと、私はこんな言葉を投げかけたと思う。
「田島さんの年齢で色街はともかく、その背景や歴史に興味を持つ人に会ったのは初めてです。ちなみに横浜の黄金町が現役の頃というのは見てないですよね?」
「そうですね。さすがに知りませんでした。『青線』を読ませてもらうまで、黄金町だけでなく、私は神奈川の出身で北海道の大学に通っていたんですけど、札幌のカネマツ会館も恥ずかしながら知りませんでした」
 そんな言葉を聞いて、何とも言えぬ感慨にとらわれていた。私が色街の取材をはじめたのは、今から二十年ほど前のことで、写真週刊誌のカメラマンをしている頃のことだった。
 その頃、日本の各地には色街が健在で、黄金町やカネマツ会館ばかりではなく、伊勢崎の緑町、京都の五条など各地にちょんの間があった。私は時代の巡り合わせでそうした色街の生き死にをたまたま目撃することができた。ただ、年が十歳以上、離れてしまうと、大阪の飛田新地(とびたしんち)など、現役の色街はかろうじて残っているものの、色街自体を目にしておらず、写真や文章などでしかその存在を知らず、色街の独特の匂いや雰囲気といったものも知らないのだ。そのような世代が現れ始めているのだなと思うと、時の流れの速さを感じずにはいられなかった。
 そして、色街を知らない世代が今後は増え続け、赤線時代の経営者など色街と関わり続けた世代はますます減っていくことになる。
 私はこれまでの色街との関わりの中で、色街の成立には軍隊というものが深く絡んでいるという思いを抱いたことから、この企画を提案した。先に田島さんが即座に賛同してくれたと記したが、その理由を彼はこう述べた。
「取材で各地を回らせてもらっていて、ふらっと夜に出歩いた時に、ソープランドだとかが目についたりするわけなんですけど、最初は話のネタぐらいにちょっと覗(のぞ)いたりしました。そんなことを繰り返していくうちに、なんでこの場所に風俗街ができているのか、気になるようになったんです。軍隊と色街の関係というのは、そこだけに焦点を当てて、ルポされたものも無いと思うので、非常に面白いと思います。どういう形で成立するかはわからないですが、とりあえず歩いてみませんか」
 私たちは、どのような物語を編むことができるのか、はっきりしたことはわからないまま、見切り発車といってもいいような形で歩き始めたのだった。私だけではなく、田島さんの好奇心も大きな原動力となり、冴(さ)えない色街好きのおっさんと爽やかな青年の旅は始まったのだった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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