よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 学生時代から登山が好きで、長野県の北アルプスや山梨県の南アルプスへは、リュックにテントや食料を詰め込んで、よく縦走したものだった。さらには、山好きが高じて、ネパールにチョモランマを眺めにも行った。南米やアフリカなどには見ていない山々も多くあるが、勝手な意見を言わせてもらえれば、日本だけでなく、世界で一番美しい山は富士山だと思う。
 私の実家が神奈川県の横浜で、晴れた日には窓から、丹沢の山塊の向こうに富士山を眺めることができた。窓が西側を向いていたので、主に望めたのは、夕日に照らされた赤富士だった。そんな富士山の姿を眺めると、その日気分の悪い思いをしたりしていても、心の傷を癒してくれて、心が落ち着くような気がした。私にとって富士山は、麗しい姿に感動しただけではなく、精神安定剤でもあった。
 今では、実家の周辺に高層マンションが建ったことから、富士山は眺められなくなってしまったが、身近に感じる存在であることは間違いない。
 心の山ともいうべき富士山の周辺にいくつもの色街があったと知ったのは、今から十年ほど前のことだった。
 それは、一冊の本を手に取ったことがきっかけだった。本の名前は、神崎清によって記された『売春』である。
 著者の神崎は、東京の吉原や上野、日本各地の米軍基地周辺における売春の状況をこの著作の中で記しているのだが、その中に『山中部落の子どもを救え』という章があって、富士山麓の米軍基地周辺の色街が取り上げられていた。読み進めていくと、かなりの数のパンパンたちが、山中湖周辺にいたことがわかった。読んではみたものの、あの富士山と色街というものが、まったく結びつかず、心の中は半信半疑であった。
 とにかく現場に行ってみたいと思い足を運んだのだった。

 山中湖といえば、小学校の時に林間学校で宿泊した思い出の場所でもあった。新型コロナウイルスの流行により、外国人観光客の姿は見えなかったが、富士山が世界遺産に登録されたこともあり、かつては富士山を眺められる絶好のスポットとしても人気があった。
 私も山中湖越しに富士山を眺められる展望スポットに足を運んでみた。この日は快晴で、麓に雲がかかっていたものの、くっきりと山頂が見渡せた。
 さざ波が立つ湖面には、富士山が映し出されていた。こんな風光明媚としか表現しようがない景色を眺めていると、この場所に紅燈が揺れていたことはやはり信じがたかった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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