よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 米兵も日本人も色街に溺れた。通りをあらためて歩いてみたが、のどかな田舎駅の風情からは、七十年前の話が、おとぎ話にしか聞こえないのだった。

自衛隊駒門駐屯地前にあった色街
「いやぁー、いっぱいだったよ。百軒ぐらいは店があったんじゃないか。僕が中学校の頃だけどね。昔は賑やかだったよね。今からじゃ想像はできない」
 私は、かつて日本に進駐した米兵たちで賑わっていた静岡県御殿場市駒門(こまかど)にある駒門自衛隊駐屯地の門前にいた。そこでたまたま出会った男性に米軍時代のことを知っていますかと声を掛けてみると、笑顔を見せながら答えてくれたのだった。
 現在の駒門駐屯地の周辺は、居酒屋やスナックなどがぽつり、ぽつりと目につくが、繁華街という雰囲気はどこからも漂ってこない。先ほど話を聞いていた、富士岡駅から車で十分ほどの距離である。
 そんな光景が広がっていたのは、今年七十六歳になるという男性が、中学生の頃だという。今から六十年以上前のことだ。それにしても、富士山山麓に、かなりの規模の色街が点在していたことに改めて驚いた。
「昼間はね。どの店も閉まっているんだけど、夜になるとさ、どこからともなくお姉さんたちが現れるんだよ。店の前には長椅子を置いて、女の人たちが座って、通りを歩く米兵を引っ張り込むんだよ。もうこっちも中学生だからさ、女の人にも興味を持つ年齢だし、気になってその前を歩いたりすると、女の人に声かけられるんだよ。『お兄ちゃん、英語教えてあげようか。そのあといいことも教えてあげる』なんてね」
 果たして、そうした店を経営していたのは、地元の人だったのだろうか。かつて私が取材した横須賀には佐世保から、山形の神町には、東京などから商売になると思い、店を出していた者がいた。すると男性は思わぬことを言った。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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