よみもの・連載

軍都と色街

第十章 北関東

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 四度目の緊急事態宣言が出された東京。私はいつもと変わらず、原稿を書いていた。テレビや新聞、ネットニュースでは東京オリンピックに関する日本選手団の活躍などが連日報道されていた。
 原稿の合間に気分転換でテレビを見るが、オリンピックやコロナに関する報道には私自身、飽き飽きしていて、メジャーリーグで活躍する大谷選手の動向や紀行番組にチャンネルを合わせている。
 東京オリンピックに関して、ひとこと言わせてもらえば、ワクチンの接種も進まず、新型コロナウイルスの流行が続いている状況でオリンピックを強行している現政権の感覚は理解に苦しむ。
 オリンピックは、中止の一択しかないと思っていた。国民に不自由を強いるだけでなく、命を危険に晒(さら)してまでも開催している理由は何なのだろうか。
 オリンピックに付き合わされるのは甚(はなは)だ迷惑だ。オリンピックへと突き進んだ日本政府の姿勢を先の大戦時の政府に重ねる意見をよく耳にする。デルタ株が流行しているにもかかわらず、事実を隠蔽するかのように「安心、安全」の題目を唱える。日本は必ず勝つといいながら、開戦し、国民に塗炭の苦しみを与えた姿とそっくりではないか。
 赤紙一枚で戦地に送られ、死んでいった兵士ばかりでなく、本土では、米軍の空襲や艦載機の攻撃、さらには食糧不足により多くの一般市民が命を落とした。
 第八章で、私の祖父について触れた。泰緬(たいめん)鉄道の建設や中国大陸などに鉄道連隊の下士官として派遣された祖父は、出征中に二歳だった長男を病気で亡くしている。父親の兄にあたり、私にとっても伯父となるはずだった。名前は忠男といい、祖母が抱っこをしている写真と、墓碑に刻まれた文字でしか伯父のことは知らない。
 伯父は、薬も満足になかった戦時中でなければ、おそらく助かっただろう。祖母は、戦争を心から憎み、祖父が戦地から戻ると、軍服から手帳、戦争の匂いのするものは、すべて火に焼(く)べたと聞いている。
 オリンピックの強行開催により、人流が増え、さらにコロナの流行が続けば、どれだけの命が失われるのか、ワクチン接種でさえ、命を落とす人がいる。
 新型コロナの流行も戦争も政府の失政が原因である。
 このコロナ禍で、皮肉になってしまうが、ひとつだけ勉強になったことがある。戦時中の政府も、令和の時代の政府も、この国に暮らす人々のことは見ておらず、結局は自分たちの利益になることしか考えていないということである。
 太平洋戦争で、日本は戦争を正当化するために大東亜共栄圏というスローガンを掲げた。オリンピックでは、当初東日本大震災からの復興を掲げていたはずだが、いつの間にか、“コロナ禍の安心、安全な大会、未来を生きる子どもたちに夢と希望を与える”という、極めて曖昧なものにすり替わっている。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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