よみもの・連載

軍都と色街

第十章 北関東

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「戦争中や戦後すぐの話は聞いてないですか?」
「聞いてはいますよ。この辺にも米兵が来たみたいで、義母は『アメちゃん、アメちゃん』と言っていました」
「こちらに嫁がれたのはいつ頃だったんですか?」
「昭和四十四年ですね」
「その頃はまだ芸者さんはいたんですか?」
「いましたね。たまにひとりで来る男の人に、『芸者呼べる?』、なんて言われましたもん。お客さんからの要望ですからね。呼ぶんですけど、嫌でしたね」
 嫌という言葉に感情が籠っていた。客と芸者の間で行われたことへの嫌悪感から発せられているように思えた。
「何人ぐらい芸者さんはいたんですか?」
「うちには三人ぐらい来る人がいましたね。他にももっといたと思いますよ」
「いつ頃までいたんですか?」
「そうですね。昭和五十年代でしょうね。それからお客さんが減って、みんな水商売の方へ流れていったと思います」
「芸者さんの中には、芸だけじゃなくて、体を売る人もいたんですよね?」
「結局そうだと思います。うちに来ていた芸者さんの中にも、馴染みのお客さんとそういう関係だった人もいたと思います。それはうちだけじゃなくて、他の旅館でもやっていたことですけどね。そのうち子供も大きくなってきたんで、芸者目当てのお客さんは断っていました。商売で来るお客さんだけを受け入れていました」
「芸者さんだけじゃなくて、娼婦の方もいたんですか?」
「いましたね。この通りにもそうした女性がいる宿がけっこうありましたよ。言葉は悪いんですが、連れ込み宿って呼んでいたんですけどね。これは主人から聞いた話ですが、主人が中学生ぐらいの時に通りを歩いていると、連れ込み宿の女性から『坊ちゃん、寄って来な』、なんて声を掛けられたそうですよ。『お茶を引いている女性が、暇だからからかうんだよ』とも言ってました。行ったのって聞いたら、『行くわけないだろ』って言ってました。そんな店は十軒はあったんじゃないですか」
「いつ頃まで、そうした女性はいたんですか?」
「はっきりとは覚えていないんですけど、いつの間にかいなくなりましたね。そうした宿は残っていて、今度はそうしたことを仕事にしている素人の女性が利用するようになっていたと思います」

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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