よみもの・連載

軍都と色街

第十章 北関東

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 鹿児島の鹿屋にも遊廓は存在し、航空兵が足を運んだという。もしかしたら、この土地から飛び立った特攻隊員たちの中には、黒磯の遊廓に足を運んだものがいたのかもしれない。
 飛行場の跡で、そんな空想をしていると、特攻隊員たちが、人間臭く、身近な存在に思えてくるのだった。
 しばし、飛行場跡で佇んでいると、近くの小学校で、少年たちが野球の練習をしていて、時おり、澄み渡った空に「カキーン」とボールを弾く音が響き渡った。
 心置きなく子どもたちが野球のできる、平和な時代に生きていることの幸せをしみじみと噛(か)みしめる。
 この原稿の中で、水戸について記した時に、特攻隊のことにも触れた。戦争末期に編成された特攻隊の中に茨城県の筑波海軍航空隊で訓練を受けた搭乗員によって編成された筑波隊があった。その隊には、元プロ野球選手でノーヒットノーランも達成したことがある現在の中日ドラゴンズにあたる名古屋軍の石丸進一投手がいた。
 一九四五(昭和二十)年五月十一日午前六時五十分に鹿児島県の鹿屋から出撃したのだが、グローブとボールを常に持ち歩いていた石丸は、法大野球部だった戦友と、出撃前日に十球だけと決めてキャッチボールをしたという。
 その場面を目撃したのが、海軍報道班員として鹿屋基地を訪れていた作家の山岡荘八だった。野球が大好きだったという石丸は、プロ野球時代、試合で投げない日は、ショートで試合に出たいと監督に直訴したこともあったという。
 まさに二刀流で、大リーグを席巻している大谷のことを思い出した。石丸が、野球、そして人生に別れを告げた十球のキャッチボールのことを思うと、胸が苦しくなってくる。
 陸軍埼玉飛行場跡で聞いた少年たちが奏でる打球音が、私には鎮魂の鐘の音のように聞こえてならなかった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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