よみもの・連載

軍都と色街

第十章 北関東

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 この報告を読むと、横浜への視察というのは、慰安所をどのように設置するかということだった。米軍の性暴力というものを極度に警戒していたことがわかる。
 署員の視察をもとに土浦警察署は、すぐに対策に取り掛かった。同書によると、慰安所は市街地ではない場所に設置することを決めた。その場所は、土浦市と阿見町の境にある警察官合宿所だった。接待婦は、土浦の特殊飲食店から集めることとした。ちなみに土浦の特殊飲食店が集まっていたのは、前に取り上げた桜町の三業地のことである。料金は横浜と同じく、一人につき一ドル。仕事で必要となるシミーズ、フノリ、クリームを確保する。
 警察は、業者と慰安婦を警察に集めて、説明会を開いた。そこで警察側は、米兵の進駐を前に不安がる両者にこう述べた。


終戦となってからは、どんどん客もふえてくる見透しであるから、いまのうち、待婦を集めておくことが必要である。(中略)米兵も進駐して来るとみなければならないが、決して恐ろしいものではない。各地の情報を見ても、よく金を払っている位だから心配はない。またこうした進駐兵のためにも接待婦は必要で、これがなければ他に危害が及ぶかも知れない。だからこれは国家へのご奉公と思って協力してほしい。


 この言葉を業者の側はすんなりと受け止めることができなかった。業者のひとりはこう反論したという。
「警察は戦時中、本土決戦になった場合には、米兵の暴行凌辱に対して甘んじて受けさせるように見せかけて、米兵の睾丸を握ってしめ殺してしまうようにしてもらいたい、一人一殺の主義で行けば敵の上陸部隊を全滅させることができると、言ったではないか」と言って、世が世とはいえ、警察の朝令暮改ぶりを批判したのだった。
 警察署長は、態度の急変を詫び、国に尽くす道に変わりはないと言って、理解を求めたのだった。
 本土決戦を前に、特殊飲食店を経営する業者に対してまでも、一人一殺を警察が強要しようとしていたとは、初めて知った。当時の写真で竹槍を持って訓練をする民間人の写真は見たことはある。その写真は現在から見ると、人々の真剣な眼差しとは裏腹にかなり滑稽なものに見えてしまう。悲劇はどん底までいくと喜劇に転化するものだと心から感じた。その竹槍を通り越して、まさに素手で米軍に一撃を加えようという話からは、狂気を覚えずにはいられなかった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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