よみもの・連載

軍都と色街

第十章 北関東

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 回天神社には、氏名などが判明した三百七十一名の墓があり、ほぼ同じ大きさの墓が整然と並んでいた。
 墓の隣には、彼らが監禁されていた実際の鰊倉のひとつが、移築されていた。鰊倉の大きさは、横幅十メートルほど、長さは二十メートルに満たないくらいだろうか。その中に用便用の桶がひとつ置かれ、五十名が一時的に起居したという環境は、残酷という言葉以外に思い当たらない。
 水戸天狗党は、筑波山で挙兵し、北関東での数々の戦いを経て、下仁田から内山峠を越えて、中山道を抜けて、この鰊倉で活動を終えた。作家島崎藤村は、『夜明け前』の第一部で妻籠(つまご)宿を粛々と通りすぎていく天狗党の姿を描いている。
 中山道を京都へ向かった天狗党は、それまでの乱暴狼藉を働いた姿とはうって変わり、各宿場ではきちんと宿代を払うなど、軍規は保たれていたという。中山道の宿場町で春を売っていた飯盛り女たちも天狗党の姿を眺めたことだろう。彼女たちの目には天狗党はどのように映っていたのだろうか。

 回天神社から谷中の花街へと向かった。
 花街は、門前から東西に延びる一本の通りに沿って形成されていた。あてもなく通りを歩いていくと、建ち並んでいた民家のなかに、時代に取り残されているような木造の旅館が一軒だけ残っていた。
 見るからに、その造りは、戦前のものに見えた。家人に話が聞けないかと思った。
「こんにちは。すいません」
 と、古びた旅館の勝手口から声を掛けてみたら、網戸の奥から「はい」という女性の声がした。すぐに網戸越しに老齢の女性が顔を出してくれた。
 谷中花街について調べている取材者であることを伝えると、
「自分でわかる範囲ならば」と、応じてくれたのだった。彼女の姑(しゅうとめ)が、かつて、営業していたころの経営者だという。堀口と名乗った女性は年齢が七十五歳になるという。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

Back number