よみもの・連載

軍都と色街

第十章 北関東

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「芸者さんとかはどこの出身の人が多かったんですか?」
「どこの人が多かったのかな。あんまり話をすることはなかったですからね。ひとり社長さんの愛人だっていう人がいて、よくうちに来ていましたけど、その人からは聞いた気がするな。どこだったのかな。どこだっけな」
 そう言うと、必死に思い出そうとしてくれた。しかし土地の名前は彼女の記憶の中から導きだされなかった。
「彼女はね、うちの近くにアパートを借りて住んでいたんです。息子さんが、うちの子と同い年だったんですよ。深い付き合いはなかったんですけどね。他にも元芸者さんは、この辺りには住んでいました。髪形が見るからに普通の人と違いましたね。髪の毛が盛ったようにこんもりしていて、一般の奥さんとはちょっと違いますよね」
 貴重な話を聞かせてくれた女性にお礼を言って、私は元旅館を後にした。今となっては、その時代の建物はこの旅館を残して、建てかわり、もちろん元芸者さんも住んでいない。色街は、遠い過去のものとなってしまったのだった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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