よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 彼女は流暢(りゅうちょう)に英語を喋った。当然、米兵相手の仕事で培ったものだ。
 そもそも彼女が娼婦となったのは、ソウル市内にあった職業斡旋所の紹介だった。一九七〇年代半ばのことだった。
「ここに着いた日に、いきなりママに言われたんだよ、あんたには二百万ウオンの借金があるって。何のことかと思ったら、食費や化粧品、服代やなんかで、その額だって言うんだよ。仕事をはじめてみれば、休んだり、遅刻をしただけで、罰金が加算されて、全然借金が減らないんだよ。ここから逃げたいと思ったけど、逃げたところで行く場所もないし、諦めるしかなかったね」
 米兵たちは毎晩、彼女の体の上を通り過ぎていった。
「クラブの中には米兵を連れ込む部屋があってね。ひと晩で二十ドル、ショートで十ドルだった。生理の時も休みがないし、酒の相手をしなくちゃならなくて、体が疲れて仕方がなかったよ。食事もキムチとライスだけ、ひどい環境だったから、ドラッグに手を出す女も多かったよ。女たちは全部で七百人ぐらいはいたんじゃないかな」
 日々米兵たちの相手をする中で、ひとりの黒人兵士と出会った。
「マイアミ出身の男で、私のことを気に入ってくれて、抱えていた借金をすべて払ってくれたんだよ。それで私は自由の身になって、その男と結婚したんだよ。アメリカに行って暮らしてこどもにも恵まれたし、アメリカには感謝の気持ちしかないね」
 しかし結婚生活は長くは続かなかった。
「旦那がさ、家にあった金を持って逃げたんだよ。結婚生活は失敗だったね」
 彼女はさばさばとした表情で言ったのだった。そもそも彼女が韓国で米兵相手の娼婦を意味する洋公主とならざるをえなかったのは、家庭環境にあった。
「ソウルの近郊で代々土地持ちの農家で、裕福な生活をしていたんだけど、私が十二歳の時に、父親がすべての金を使い果たして、どこかに蒸発しちゃったんだよ。それから生活が苦しくなってね。学校も六年間しか通えなかったし、四日間何も食べられないこともあったよ。何とかしないといけないと思って、新聞を見たら、内容は書いてなかったけど、高給と書いてあったから、応募してみたんだよ。そうしたら、基地村に連れて来られたのよ」
 騙(だま)されて連れて来られ、議政府(ウィジョンブ)、東豆川(トンドゥチョン)などで働き、今は議政府にあるキャンプスタンレーの傍で暮らしている。この集落には三十人の元洋公主が暮らしているという。彼女たちは年を重ねていることもあるが、身寄りがなく、かつて体を売った場所で今も暮らし続けている。ともに苦労をした仲間たちがいるこの場所は彼女たちにとって、孤独感を癒すことができるシェルターになっていた。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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