よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 男性二人組の話で、唯一気になったのは、売春に携わっていたのは、他所から来た者たちだという発言だった。地元の人間の関わりについて、誰か証言してくれそうな人を探すことにした。
 私は水車のある池のほとりに茅葺き屋根の古民家がある、絵葉書のような風景の場所で、地元の人が現れるのを待った。すると、ひとりの老人が歩いてきた。
 挨拶をしてから、話しかけてみると、男性は、この村の出身で昭和十三年の生まれだという。米兵の存在については、「いた」と言った。パンパンの女性たちの存在については、「パン助もいっぱいいたよ」と言った。ただ、あまりその当時のことは話したくないのだろう、ひと言、ひと言、区切るような口ぶりだった。
「パンパンに部屋を貸したりしていたんですか?」
「うん、貸していたよ。うちも貸していた」
「当時の建物は残ってないですよね?」
「全部壊してしまったけど、まだあるだよ。あんたの目の前に」
 男性は、何と観光名所になっている茅葺き屋根の古民家を指差したのだった。言われてみれば、その通りだなと思った。
 忍野八海の古民家は、江戸時代に作られたもので、歴史の「生き証人」でもある。戦後、パンパンや米兵が、これらの古民家で逢瀬を重ねたのかもしれない。そう考えると、人の生活の気配を感じず、どこか博物館の展示物のように見えていた古民家が、急に活き活きとしたものに見えてくるのだった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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