よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「親戚が米兵相手のバーを経営していたんだよ。だから手伝いに来いって言われたんだ。何人もの女の人を置いている店だったね」
 親戚は、この土地の出身で、バーを経営していただけでなく、娼婦たちに部屋も貸していたという。部屋とは彼女たちが暮らす場所でもあり、米兵を連れ込む仕事場でもあった。米軍基地のあった土地では普通に行われていた商売で、先に土地の名前をあげた山形の神町では、茅葺き屋根をピンクなどの派手な色に塗って、ラブホテル代わりに部屋を貸していた農家もあったと聞いた。
「どんな手伝いをしたんですか?」
「カウンターの中で、ビールの栓を抜くんだよ。次から次へ客が来るから、猫の手も借りたいほどだったんだ。たださ、飲んでる女の人のパンツが丸見えだったりするから、目のやり場に困ったなぁ」
「働いていた女性たちはどこから来ていたんですかね?」
「みんなどこからか流れて来たんだと思うよ。流れもんだよね。あとは、ここから近い小山(おやま)に紡績工場があったんだけど、そこで働いていた女性たちが、こっちのほうがぜんぜん稼ぎがいいもんだから、働き出した人もいたんだよ。そのうちのひとりは、米兵と結婚してアメリカに行ったんだ」
 紡績という言葉を聞いて、私は隣町の裾野市にあるトヨタ自動車のことが頭に浮かんだ。そもそも小山の紡績工場というのは、一八九八(明治三十一)年に操業をはじめた富士紡績のことである。そして、現在の日本を代表する企業であるトヨタ自動車は、明治時代に機織機を製造する豊田紡織としてスタートしている。その後、自動車製造によって大企業となった。そのトヨタが、裾野市にあった工場を閉鎖して、ウーブンシティを現在建設している。
 ウーブンシティについて、これまでにない街だという印象しか私にはないので、トヨタのホームページを開いてみた。
 書いてあることのほとんどはチンプンカンプンだったが、自分なりに調べて解釈してみると、自動運転の車が道路を走り、交通手段は先端技術によって、渋滞や満員電車もないスムーズな移動を実現し、居住空間もIT技術によって管理される。人工知能などの最先端技術によって、人々の生活を支えるモノやサービスが繋がっている街だということのようだ。
 まさに近未来の先駆けとなる街なのだろう。先端技術によって様々な情報が集まり、街を通る道が網の目のように織り込まれた街ということでもあるのだろう。はっきり言ってしまえば、私にはほとんど興味はなく、私のようなアナログ人間とは縁もない。
 この原稿でウーブンシティについて触れたのは、人間の欲望が剥(む)き出しで、血と汗にまみれたゴツゴツした荒っぽい空気を纏(まと)った基地の街があった土地からほど近い場所に、対極といっていいウーブンシティができる不可思議さである。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

Back number