よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 最後の恋愛を境に、紀子はベースとは距離を置くようになった。その当時のことを振り返って彼女は言う。
「後味の悪い別れ方をしたので、嫌な記憶として残っていたんですけど、私がベースに行くのをやめてから数年後ですかね。山田詠美の小説、『ベッドタイムアイズ』が出版されたんです。普段は本なんて手に取ったこともなかったんですけど、友達から勧められて読んでみたんです。そうしたら、主人公と自分の体験したこととは、当然違うんですけど、ものすごく共感したのを覚えています。言葉ではなくて、描かれる雰囲気や空気にもの凄いリアリティがありました。その小説を読んで、何となくですけど、どこにも居場所がない黒人たちの哀しみみたいなものを感じたんですね。私を裏切った行為は未だに許せないですけど、恋愛している時には見えなかった、彼らの居場所がない苦しさを知れて、私がもう少し大人だったら、また違ったゴールがあったのかなと思いましたね」
 ボーイフレンドからは、恋愛中に不可解なことを言われたのだが、その意味が小説を読んでから、何となくわかったという。
「付き合っている時に、彼が米軍の仕事以外に、『俺は人から頼まれて、日本で殺し屋をしている』と言っていたんです。その時は、変なことを言うなぐらいにしか思わなかったんですけど、その言葉は、小説の中の黒人と同じように、軍隊に入ったものの居心地の悪さを常に感じていたから出たものだと思います。実際に殺し屋をしていたかどうかは知りませんが、何か副業をしていたことは間違いないです」
 戦後から現在まで米軍基地は日本に存在し続けている。米兵たちは、ただ金を落としていく存在だけではなく、彼女の話を聞いていると、アメリカ社会を知るひとつの窓口にもなっていたことがわかる。
 国際情勢がますます緊迫している昨今、米軍基地への立ち入りは、以前のように許されてはいない。皮肉なことに基地の存在感が増す一方で、一般の人々からすると近寄りにくい存在になりつつある。
 女性たちと米兵との関わり方の変遷を知るにつれて、ますます平和は遠のき、戦争の足音がひたひたと迫っていると感じるのは気のせいだろうか。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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