よみもの・連載

軍都と色街

第十一章 富士山周辺の色街

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 私が訪ねたのは、平日の午前中だったこともあり、観光客の姿はほとんどなかった。駐車場に車を止めて歩いてみると、ニジマスが泳ぐ清らかな池と茅葺(かやぶ)き屋根の家。絵葉書のような景色の向こうには富士山が見えた。
 このような場所にも、米兵とパンパンがいたのかと、にわかには信じがたい気になってくるが、その事実を知ったのは、やはり神崎清の『売春』である。
 忍野八海については、詳しいことは記されておらず、忍野村忍草に四十名とだけで、数字があげられているだけだった。前出のアサヒグラフをめくってみると、忍野村に関する記述があった。

“たたなずく山々の間を、雪解の清水を運ぶ川が流れる。忽然として視界が開けると、ものうげに眠るかのような幽スイ境に、ペンキの色も毒々しい新築の家が数軒、周囲の景色とは余りにもそぐわぬ突飛さで目に入る。ビヤホールなのである。まだ看板もかかっていない店からもう嬌めいた笑い声が響く。電気の入っていない家も、すでに営業中だ。需要も供給も、ともに食欲旺盛である”

 記事を読んでも、やはり当時の姿は想像できない。私は村の中を歩いて、米兵がいた頃の様子を知っていそうな人物を探した。
 朝の散歩だろうか、八十代と思しき男性が、歩いてきた。私は、「おはようございます」と、声をかけた。観光地ということで、よそ者には慣れているのだろう。表情は柔らかい。
 しばし、最近の村の様子について、雑談を交わしたあと、本題に入った。
「この辺りは、米兵も多かったんですかね?」
 すると、男性の表情は少し曇ったような気がした。
「いたことはいたね。だいぶ昔のことだけどね」
 あまり話したくないのだろうか、話すテンポが遅くなった。
「米兵と遊ぶ女性たちもいたんですよね?」
「まぁ、そういう女性もいたね」
 さらに質問を続ける。
「パンパンに部屋を貸したりしたんですか?」
「貸している家もあったな。もうこの辺でいいだろ」
 そこまで話すと、男性は苦虫を噛(か)み潰したような顔になり去って行った。
 男性には申し訳なかったが、パンパンがいたという事実は確認できた。もう少し具体的な証言が欲しいと思い、さらに歩いていると、二人の男性が立ち話をしていた。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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