よみもの・連載

軍都と色街

第四章 知覧・鹿屋

八木澤高明Takaaki Yagisawa

特別攻撃機は家の上を飛んだ


 黒木さんから戦後の色街の貴重な話も聞かせていただいたが、海軍タルトという最後に機上で特攻隊員が食べたお菓子の話が印象に残った。翌日私は、海軍タルトを復刻して販売している富久屋さんを訪ねた。
 江戸時代の天保年間(一八三一〜一八四五)から続く老舗で、私たちに話を聞かせてくれたのは、一九三九(昭和十四)年生まれの店主北村馨さんだった。
「当時、私は五歳でした。私事ですけど、私は姉妹六人なんですよ。私が六女なの。そしたら、もう父がお国に申しわけないと、みんな私の上までは名前に子がついているんですけど、私だけカオルと言います。ずっと男の名前で通したし、市役所の印鑑証明も男になっていたの」
 戦前の日本では、男子を産んで国に捧げるというのが、一般的な感覚として根づいていた。時代を感じさせるエピソードからインタビューははじまった。
「海軍タルトというのは、もともとは何で作り始めたんですか?」
「ここは海軍御用達だったんです。特攻に行く人のために作れと、軍からの命令です。だからうちの店が自ら作ったんじゃない。本来のタルトというのは、くるくる巻いてあるものなんですけど、お偉いさんがそれをタルトとおっしゃったから、もうそれがタルトなんです。飛行機乗っている人は、片手は操縦桿握っているわけ。だからこうやって紙を剥がして。昔はこんないい紙じゃないですよ。ほんとうに、言ったら失礼だけれど、わら半紙。そしたら、ああいうものはすっと切れるでしょ。そういう食べやすいように作れと言われたそうです」
 北村さんが、海軍タルトをお茶と一緒に出してくれた。
 タルトとは本来円形をしているが、海軍タルトは細長い長方形の生地に餡(あん)を挟んでいる。その形は、タルトというよりは、どら焼きを長方形にしたような感じだ。口に運んでみると、ふわっとした生地がほのかに甘い餡を包んでいて、上品な味だ。

「復刻したのはどのような経緯があったんですか?」
「うちの八十九歳の姉はね、いわゆる女子挺身隊の中でも、お偉いさんのお付きじゃないけど、お茶くみとかそういうことのお手伝いしていたんですね。ある日、特攻隊に出していたお菓子を持たされたのよ。御用達として海軍にお菓子を納入していたので食べる機会があったのでしょう。そんな話を姉がしたから、それは何ってことになって、だんだん姉の記憶が戻ってきて、それで再現することにしたの。片手で食べられるんだからこうなのよって、それで今のこの形になりました。知覧のほうの特攻隊員の方は陸軍なんですけど、お客様が来て、おっしゃるには知覧では握り飯一個とたくあん一切れだった。それが機内食。鹿屋はね、お菓子を持たされていましたよって言ったら、えっと驚かれたこともありましたね」

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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