第一話 金泥の櫛(くし)
島村洋子Yoko Shimamura
「旦那から聞きゃんした」
唐突に龍田川がそう言ったので、清吉は驚いた。
「え」
「櫛のこと」
ああ、自分が偽物を見抜いたことを春日屋幸兵衛に言ったことか。
幸兵衛はなぜそんなことをこの花魁に言ったのだろう。
「じつはわちきも知っておりんした」
そう言って龍田川はお美弥という下っ端の女郎から相談を受けた話をした。
「なくしたものを土左衛門が持っていて怖いって。そしたらもうひとりなくしたものがいるらしいとか」
「そうらしいですね」
「わちきがその櫛をなくした娘から相談を受けたと知って、旦那からさっき新しい髪結いからあれは偽物ですねと言われて汗が出たと聞きゃんした」
そう言いながら鏡越しに微笑んだ龍田川はまだ幼い顔に見えてなんとも可愛らしい、と清吉は思った。
とかした髪をひとつにまとめて元結(もっとい)で縛り、一本に束ね上にあげた瞬間、清吉は不思議なものを見つけた。
大きく抜いた襟の奥に何やら膏薬(こうやく)のようなものを貼り、その上に白塗りをしていたのである。
吉原に勤める女に生まれ育ちのことを聞き出すのはご法度である。
しかも今日、初めて身分の高い花魁と口をきいたのである。
何より髪を気に入ってもらわないと次に呼ばれることもないだろう。
普段はわからずとも夜伽(よとぎ)をすると客は気づくのではないだろうか、と気になったが清吉は手を懸命に動かした。
「こんなところでいかがでございましょう」
そう言いながら鏡をあわせにして清吉は言った。
立兵庫と言われる兵庫で昔流行った髷の結い方の変形で頭頂部に鯨の骨を曲げて入れ犬の耳のように左右に立たせた派手な頭である。
花魁ともなればみなその髪形や着物、帯結びなどが注目され浮世絵が売れたりするほどの人気になるので、誰よりも一早く新しいことを取り入れなければならない。
「満足でありんす」
鈴の鳴るような声で龍田川は答え、それを合図に清吉は花魁独特の大きな簪を髪に挿していった。
「櫛のこと、なにかわかればわちきに教えてくだしゃんせ」
龍田川は鏡越しにそう言った。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。