よみもの・連載

軍都と色街

第七章 北九州 島原

八木澤高明Takaaki Yagisawa

第十八師団と久留米の色街
 西鉄に揺られて、博多から久留米に来た。第十八師団の兵士たちが出征する前に歩いたであろう色街を見るためだった。
 私はすでに日もとっぷりと暮れた久留米の街を歩きはじめた。
 色街の名前は花畑という。何と風流な名前だろうか。もともとこのあたりに久留米藩家老の屋敷があり、花畑があったことからその名がついたという。
 花畑への道すがら、闇夜に浮かぶ、ラーメン店の看板を目にしたら、無性に食べたくなった。
 カウンターとテーブルが二つ置かれた店内に、客の姿はなかった。それにしても以前訪ねた徳島や黄金町のあった横浜、そしてここ久留米と、大きな色街のある場所には、何でうまいラーメンがあるのだろうか。ラーメンが出てくるまでの間、豚骨スープの柔らかくクセのある匂いを嗅ぎながら、しばしの間、思いを巡らす。
 面白いことに、どの土地のラーメンも豚骨をベースにしたこってり味である。かつて陸軍第十八師団が軍靴の音を響かせ、兵隊の汗が染みついたこの街には、豚骨ラーメンがよく似合う。横浜や徳島も港で働く男たちが欲したのは濃厚な豚骨ラーメンである。
 血と汗と豚骨ラーメンのあるところ色街あり。そうこうしているうちに、豚骨ラーメンが出てきた。スープをひと口、ふた口、麺をずるずる。ラーメンの旨味(うまみ)に、先ほどまでの思考は丼の中に吸い込まれた。
 ラーメンを食べ終えると、再び街に出た。
 ここ花畑では、旅館が女を置き春を売る。旅館が建ち並んでいると聞いていた一角までくると、確かに旅館はあったが、なぜか看板が外されていて、明かりもついていない。私が歩いていた時間は午後九時をまわっていた。この時間に営業していないはずはなく、私は嫌な予感がした。二ヶ所の旅館をまわってみたが、両方とも明かりが消えていた。
 このまま旅館の周辺を行ったり来たりしているだけでは、ここまで足を運んだ意味はない。私は、一軒の旅館のドアホンを鳴らした。
「はい」
 すぐにしわがれた女の声が聞こえた。
「ちょっと遊んでいきたいんですが」
 私の申し出に返事はなく、人気の無い建物の中に足音が響き、引き戸が開いた。
 現れたのは、やり手婆と思しき、女性だった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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