よみもの・連載

軍都と色街

第七章 北九州 島原

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「お兄さん、申し訳ないけど、もうやってないのよ。警察から言われて、閉めたのよ。もし遊びたいならここに電話してな」
 女性が渡したのは、デリヘルの名刺だった。
「何とかここで遊びたいんですけど、ダメですか?」
「そんなん言っても、女の子がここにはおらんのよ」
 そこまで言われては、諦めるより仕方あるまい。私は話題を変えた。
「お姉さんは、どのくらいここで仕事してきたんですか?」
「もう三十年以上ここにおるよ。ここを出ても、行くところもないから、ここにおるのよ」
 女性の年齢は六十代といったところか、おそらく以前は自分自身も体を売っていたのだろう。
「昔はもっと賑やかだったんでしょうね?」
「もう昔の話は、いいよ」
 そう言うと、女性は明かりの灯っていない旅館の奥に消えた。
 旅館がすでに営業していない以上、ここにいても仕方がないので、私はホテルに戻り、翌日出直して、周辺の住民に往時の話を聞くことにした。
 昨晩歩いた道を、今日もまた歩く。旅館の近くに暮らしている男に話を聞いた。
「潰れたのは、半年ほど前かな、もうやっている旅館が二軒ぐらいしかなかったから、警察から言われて自主的に看板を下ろしたみたいだね」
 ここ数年で営業をやめる旅館が増えて、花畑の色街は、寂れていく一方だったという。花畑が一番の賑わいを見せていたのは、昭和五十年代からバブル前までだという。花畑からJR久留米駅に至る池町川沿いに二百軒ほどの売春旅館があった。そこも戦前から続く私娼窟だった。
 それらの旅館も時の流れとともに減っていき、二〇一六(平成二十八)年の暮れに表向きはすべて幕を下ろしたという。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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