よみもの・連載

軍都と色街

第七章 北九州 島原

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 与論の人々のことを知り、一人の人物のことを思い出した。なぜかこの旅は、過去に知り合った人々が、訪ねた場所、場所で心の中に浮き上がってくるのだった。
 その人物とは、大阪のストリップ劇場で照明の仕事をしていた島原生まれのタコ焼きと呼ばれていた従業員だった。お母さんがストリッパーで、幼い頃は楽屋で生活をしていた。彼の一族は与論島ではなく沖縄の出身だったが、与論島出身者と似た貧乏を絵に描いたような生活ぶりだった。
 長屋には、親族合わせて十人以上が暮らし、一食につきご飯は茶碗一杯に限られ、常に腹を空かせていて、中学卒業後に腹一杯飯を食いたいと願って彼は寿司職人になった。その後、たまたま入ったストリップ劇場で、幼少期のことを思い出し、寿司屋をやめてストリップ劇場の従業員になったものの、常に腹いっぱい食べるという生活を続けたことにより、糖尿病を患った。それでも満足に治療せず、日に日に視力が落ちていき、劇場で舞台に照明を当てている最中に失明したという人物だった。彼の一族が、その昔は琉球王国に属していた与論島の出身だったか聞きそびれたが、親族は炭鉱労働者だったという。
 黒いダイヤと呼ばれた石炭が様々な地方から人を引き寄せ、また海を越えて世界の果てまで人を運んでいった。炭鉱労働者、からゆきさん、商売人、黒いダイヤが織りなす物語。その痕跡は今もアジアの各地に色濃く残っているわけだが、のっぺりとした口之津の海を眺めながらふと思った。現代における黒いダイヤとは何ぞやと。
 世の中はグローバル化の時代と言われ、あまりにも簡単にネットを通じて世界と繋がることができる昨今、石炭のような物を通じて人が動くということはもうないのかもしれない。そう考えると、すでに、異国というのは、隣近所とさして変わらない存在で、肩肘張って行くような場所ではなくなった。それはそれで、からゆきさんのような悲劇を生まず、社会の進歩のような気もするが、見方を変えれば、世の中は以前に比べて縮こまり、黒いダイヤ≠ヘもはや存在しない。こんなことを言っては、からゆきさんの御霊に怒られそうだが、大きな悲劇のない時代というのは、大きな喜劇も生まず、社会はのっぺりとして、皆がルールを遵守し、お行儀が良くて、少しばかり息苦しい時代なのではないかと。
 心の中で、どっちがいいんでしょうかねと、口之津の海に問いかけてみたが、返ってきたのは、ささやかな波の音だけだった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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