よみもの・連載

軍都と色街

第九章 呉 岩国

八木澤高明Takaaki Yagisawa

”眼鏡橋から、四道路までの店々は、ずらりと立て看板が横文字で書かれており、その道を駐留軍がさかんに行き来しながら、あちらでもこちらでも、女とたわむれていた。そして酔った駐留軍の兵士が、投げ玉をなげる音が聞こえてきて。なんだか外国の地にいるような気がした。そして、植民地とはこんな風景をいうのではないかと思った。英語で書かれたネオンサインが、夜空に、くっきり浮きあがっている、あちらこちらのビヤホール、キャバレーは、赤い灯、青い灯が、人目をひき、酒を飲んだり、女とたわむれている声が聞こえてくる。あるビヤホールから、外人が女を抱きあげて、道路に待たせてある自動車に乗るところが、目にうつった。
(中略)
 人の話によると、呉には駐留軍相手の女が二千人いるという。まったく情けない話だ。各地から、どんどん駐留軍めざして、集まるそうだが、いやな感じがする。こんな姿だからこそ、ある小学校で、自由に図画をかかせたときに、「お兄ちゃんとお母ちゃんが寝ている絵」と、しぜんな気持ちで、駐留軍兵士と寝ているところを書くようなことが出てくるんだと思った”

 それまで、日本海軍の兵士たちや職工たちが遊んだ遊廓は、開けっぴろげではなく、人目にはつきにくい秘め事という空気に包まれていたはずだ。ところが、駐留軍がやってくると、彼らは日本人女性と戯れる姿を、市民の目の前に堂々と晒(さら)した。
 それは、つい数ヶ月前までは想像もつかない光景であり、天地がひっくり返るほどの衝撃だったことだろう。
 目の前に当時の光景が浮かびあがってくる生々しい作文を読んで、私は以前訪ねた北海道の千歳のことが頭をよぎった。彼(か)の地で、終戦直後はアメリカにいるようだったと、語ってくれた、千歳市元市長の梅沢健三さんの言葉が蘇ってきた。
 千歳でも呉でもその光景は、過去のものとなったが、まだまだ日本の米軍基地周辺には、アメリカを感じさせるような街並みが残っている。呉のある広島県のとなり、山口県の岩国には、米軍相手の飲み屋街がまだある。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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