よみもの・連載

軍都と色街

第九章 呉 岩国

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 墓地からしばし瀬戸内海を眺めた。目の前の海には、江戸時代から昭和三十年代までひっきりなしに船がやってきた。男たちは、ひと時の安らぎをこの墓地に眠る女たちに求めたのだ。
 波ひとつ立っていない海からは、往時の姿を想像することは難しい。
 ただ私の脳裏では、自分が歩いてきた島や港が、御手洗の海と繋がっていることは、実感できた。
 三重県の渡鹿野島、この連載『軍都と色街』の取材で回った青森県の大湊、京都府の舞鶴、福岡県の門司など、水運で栄えた町や港は今では繋がりを欠き、小さな点でしかない。しかし、かつては各地の港が、経済の根幹である物流を通じて結ばれていたのだ。
 そして、各地の港には色街があり、遊女の姿があった。多くの女性たちが人知れず死んでいった。果たして、どれだけの女性が日本の色街の跡には眠っているのだろうか。
 遊女は名も無き女性というイメージがついて回り、ここに眠る女性たちの出身地も定かではない。果たして、彼女たちはどこから来て、ここで亡くなったのだろうか。
 遊女たちの墓を眺めていたら、広島県の隣り山口県岩国市出身の娼婦のことが頭に浮かんだ。彼女は明治時代にインドのボンベイ(現・ムンバイ)で体を売っていた、からゆきさんだった。この海のそう遠くない先に彼女が生まれ育った岩国がある。そして岩国は、戦前、戦中は日本海軍の飛行場があり、戦後は米軍基地となり、今も基地は存在している。
 私は娼婦に導かれるように岩国に向かうことにした。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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