第四章 万死一生(ばんしいっしょう)14
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
こうした各所の動きは、十二人の使番によって詳細に晴信(はるのぶ)へ伝えられていた。
小県(ちいさがた)と埴科の大地図を並べ、報告があり次第、弟の信繁(のぶしげ)が将兵に見立てた駒を動かしていく。
そこに香坂(こうさか)昌信(まさのぶ)が駆け込んでくる。
「御注進! 火急ゆえ、このままご報告させていただきまする。蒼久保(あおくぼ)の上青木(かみあおき)という社にて、美濃守(みののかみ)殿が敵伏兵の一団を発見し、二十余名の足軽を討ち取り、二人ほどを生け捕りにいたしました」
「まことか」
「はい。この者どもを詮議しましたところ、敵は寒さを凌(しの)ぐため、大小の社や寺を使い、小勢での移動と離合集散を繰り返しているようにござりまする」
「昌信、上青木とは、この地図でいうと、どの辺りか?」
「この辺りにござりまする」
香坂昌信が指で示した場所は、本陣から北東に一里(四`)ほど離れた場所である。
「ここか」
弟の信繁が敵陣を示す赤い丸駒を置く。その隣に原(はら)虎胤(とらたね)の一隊を示す、青い駒を添えた。
「蒼久保の一帯を含め、周囲には大小を含めるとかなりの数の寺社があり、そこをひとつずつ潰していくのは相当難儀にござりまする」
昌信が俯(うつむ)き加減で言う。
「さように鬼美濃(おにみの)が吠えていたか?」
晴信が苦笑しながら訊くと、昌信は微(かす)かに頷(うなず)いた。
「ならば、もう一隊ぐらいを動かさねばならぬということか、昌信?」
「……おそらく、もう一隊が動けば、かなり伏兵を炙(あぶ)りだすことができるかと。一度検分した寺社でも兵を張りつけておくことができませぬ。さりとて、すべてを焼き払うてしまうわけにもまいらず、われらの足場として利用しながら二隊が動けば、伏兵の掃討を早く終えることができるのではないかと。後ほど源四郎(げんしろう)が周囲の寺社を示す地図を持ち、こちらへまいる手筈(てはず)になっておりまする。それを御覧にいただきましてから、ご判断をお願いいたしまする」
「わかった」
晴信は半眼の相で頷いた。
そこに新たな跫音(あしおと)が響いてくる。
「御注進! 先陣の駿河守(するがのかみ)殿より、御屋形様へ火急のご報告がありまする」
駆け込んできたのは、尼ヶ淵(あまがふち)砦にいた初鹿野昌次だった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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