「今川にも貸しを作り、いざという時に返してもらいまする。そのための仕事。そう考え、少しやる気が出てきました」 この任務を命じられてから、ずっと険しい面持(おもも)ちだった信方が久々に笑った。 二人は新府に戻り、信方はその足で家宰の荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)を訪ねる。万沢へ出陣する兵数を申告するためだった。 「常陸守(ひたちのかみ)殿、御屋形様に命じられましたお役目について、お願いに参りました」 「おお、あの後始末の件か。まさか、今川と和睦とはのう。御屋形様には、いつも驚かされてばかりじゃ」 「念のために、一千の兵をお預けいただきとうござりまする」 信方の申し入れに、荻原昌勝は渋面となる。 「そなたも当家の現状はよくわかっているであろう。いま一千の兵を出すというのが、どれほど大変なことかをな」 「兵糧の算段が難しいことは、わかっておりまする。されど、今後の事を考えますれば、心配できぬお役目ゆえ、念には念を入れ……」 「相手はたかだか謀叛人(むほんにん)の残党であろう。五百でなんとかしてくれぬか」 昌勝は不機嫌そうに言う。 「半分で!?」 信方は思わず不満の声を上げるが、家宰の頑(かたく)なな顔つきを見れば、それ以上の兵を望むことはできなさそうだった。 「……わかり申した。では、それでお願いいたしまする」 「討伐の方法は厭(いと)わぬゆえ、兵糧を無駄にせぬよう、なるべく短い期間で片付けてくれ」 「……承知いたしました。では、明後日に出陣いたしまするので、よろしくお願いいたしまする」 信方はあっさりと引き下がった。粘っても無駄だと思ったからである。 それから、屋敷へ戻り、藤乃(ふじの)に急な出陣を告げた。 「今川家との戦にござりまするか? 何やら、駿府(すんぷ)では相続を巡って内訌(ないこう)が起きているとか……」 「まあ、正確に申せば、今川家との戦ではなく、謀叛の残党を甲斐へ入れぬよう、討伐しに行く。代替わりする今川家と和睦するためだ」 「まことにござりまするか!?」 「まことだ。だから、案ずるな。すぐに戻って来る」 信方から駿河との和睦の話を聞き、藤乃は安堵(あんど)の表情となる。 「わかりました」 「話は変わるが、それがしの留守中に頼み事がある」 「なんでござりましょう」 「実は武蔵へ戻った立花(たちばな)殿へ何度か文(ふみ)を送ったのだが、いっこうに返事が来ぬのだ」 「ああ、朝霧姫(あさぎりひめ)の侍女の……。されど、あの件はあまり深く突つかぬ方がよいのではありませぬか。先方も早く忘れたいと思うておいででしょうし」