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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志7 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「今川にも貸しを作り、いざという時に返してもらいまする。そのための仕事。そう考え、少しやる気が出てきました」
 この任務を命じられてから、ずっと険しい面持(おもも)ちだった信方が久々に笑った。
 二人は新府に戻り、信方はその足で家宰の荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)を訪ねる。万沢へ出陣する兵数を申告するためだった。
「常陸守(ひたちのかみ)殿、御屋形様に命じられましたお役目について、お願いに参りました」
「おお、あの後始末の件か。まさか、今川と和睦とはのう。御屋形様には、いつも驚かされてばかりじゃ」
「念のために、一千の兵をお預けいただきとうござりまする」
 信方の申し入れに、荻原昌勝は渋面となる。
「そなたも当家の現状はよくわかっているであろう。いま一千の兵を出すというのが、どれほど大変なことかをな」
「兵糧の算段が難しいことは、わかっておりまする。されど、今後の事を考えますれば、心配できぬお役目ゆえ、念には念を入れ……」
「相手はたかだか謀叛人(むほんにん)の残党であろう。五百でなんとかしてくれぬか」
 昌勝は不機嫌そうに言う。
「半分で!?」
 信方は思わず不満の声を上げるが、家宰の頑(かたく)なな顔つきを見れば、それ以上の兵を望むことはできなさそうだった。
「……わかり申した。では、それでお願いいたしまする」
「討伐の方法は厭(いと)わぬゆえ、兵糧を無駄にせぬよう、なるべく短い期間で片付けてくれ」
「……承知いたしました。では、明後日に出陣いたしまするので、よろしくお願いいたしまする」
 信方はあっさりと引き下がった。粘っても無駄だと思ったからである。
 それから、屋敷へ戻り、藤乃(ふじの)に急な出陣を告げた。
「今川家との戦にござりまするか? 何やら、駿府(すんぷ)では相続を巡って内訌(ないこう)が起きているとか……」
「まあ、正確に申せば、今川家との戦ではなく、謀叛の残党を甲斐へ入れぬよう、討伐しに行く。代替わりする今川家と和睦するためだ」
「まことにござりまするか!?」
「まことだ。だから、案ずるな。すぐに戻って来る」
 信方から駿河との和睦の話を聞き、藤乃は安堵(あんど)の表情となる。
「わかりました」
「話は変わるが、それがしの留守中に頼み事がある」
「なんでござりましょう」
「実は武蔵へ戻った立花(たちばな)殿へ何度か文(ふみ)を送ったのだが、いっこうに返事が来ぬのだ」
「ああ、朝霧姫(あさぎりひめ)の侍女の……。されど、あの件はあまり深く突つかぬ方がよいのではありませぬか。先方も早く忘れたいと思うておいででしょうし」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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