連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志7 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「そういう訳にもまいらぬ。若の面目のためにも、真実を知っておきたいのだ。おそらく、それは立花殿しか存じておらぬ。そこで、そなたから文を出し、やり取りをしてくれぬか。女人、しかも互いに侍女同士ならば、立花殿も少しは心を開いてくれるのではないか」
「それはそうかもしれませぬ」
「できれば、どこかで会えるとよいのだがな」
「お前様が動くのは難しいのではありませぬか」
「まあ、武蔵まで出向くためには、それなりの日数と理由が必要となるからな」
「わかりました。まずは、わたくしから文を送り、立花殿とやり取りをしてみまする」
「すまぬな。世話をかける」
「いいえ、晴信様のためにもござりまする。それよりも、ご討伐とはいえ、向かわれるのは駿河との国境。お気をつけて」
「わかった。後の事は頼んだ」
 その二日後の早朝に、信方は慌ただしく出陣した。
 万沢までは身延道(みのぶみち)を使い、十九里(七十六`)の行程であり、普通に歩けば十刻(二十時間)ほどかかる。信方は五百の兵を率い、一気に万沢までの走破を目指した。
 総勢のうち騎馬は信方を含めて五十騎ほどしかいないので、徒歩の足軽はどうしても一刻(二時間)に二里(八`)弱しか進めない。半分ほどの十里をこなした身延山の麓、塩之沢の辺りで足軽たちが不満を漏らし始めたので、半刻の休憩を取った。
 さらに五刻を費やして夜明け前に万沢へ到着する。信方は辺りに物見を出してみたが、それらしき人の気配はない。
 ――御屋形様は謀叛人どもが甲斐の親戚を頼り、逃げてくるはずだと仰せになられた。それゆえ、身延道を使うであろうと予想されたのであろうが、確か国境を越えて駿河に入った富士宮の里辺りで道が二つに分かれていたはずだ。東側を進めば、万沢を通らずに裾野を通って甲斐へと至る。念のために国境を越え、道が分かれる富士宮の内房(うつぶさ)へ出ておくべきか?
 信方は素早く思案を巡らす。
 ――駿河の側に入れとは命じられておらぬが、もしも、謀叛人どもを逃してしまったならば醜態をさらすことになり、当家の面目は丸潰れとなる。御屋形様からは国境を越えるなとも命じられておらぬ。どうすべきか……。
 移動するならば、即座に決断しなければならなかった。
 ――よし、陽が昇る前に富士宮の内房まで進もう。
 信方は休もうとしていた兵をたちに二里先への移動を命じた。
 そのように決断したのは、もちろん謀叛人を逃したくなかったからだが、どこかで甲斐の側で討伐を行うことに対して引け目を感じていたからである。
 ――できれば、汚れ仕事は駿河の側で済ませておきたい。
 信方は脳裡でそう考えていた。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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