晴信は慶子を伴い、父の信虎(のぶとら)と大井の方に挨拶を行い、祝いの膳をともにしなければならず、花嫁が最も緊張する儀式だった。 もちろん、晴信にとっても気の抜けない席となるはずであり、明日は父母と花嫁の双方に最大限の気配りをしなければならない。いわば婚儀の中での山場であり、そのことを素直に認めた。 「わかった。では、そなたの言葉に甘え、先に休ませてもらう」 「ごゆるりと」 信方は晴信が床に入ったのを見届けてから室を後にする。 ――明日、何事もなければよいが……。 その心配には及ばず、翌日、意外にも色直しの儀は粛々(しゅくしゅく)と進んだ。 父の信虎も落ち着いた態度で過ごし、口数も少ない。ただ長男の新しい嫁を値踏みするように、その所作を眺めているだけだった。 そして、夜になると近親の者を招いたお披露目の宴席が設けられた。 三日目にやっと家臣たちが相伴する宴が催され、ここではすでに堅苦しい儀式はなく、だいたい武門の通例で無礼講の果てしない酒宴となった。 宴もたけなわとなった頃、やっと中締めが行われ、雛人形のように座っていた新郎新婦が宴席から解放される。控えの間に戻ってから、慶子は疲れ果てたのか、少し放心したように身を縮めていた。 それを見た晴信は、すぐに助け船を出す。 「長い間、気を遣うことも多く、お疲れではありませぬか。重い装束をお着替えになってはいかがか」 その言葉に、慶子は驚いたように顔を下げる。 「……されど」 「その方がよい。それがしが常磐殿を呼びにいくゆえ、しばし待たれよ」 「……はい。過分なお気遣い、有り難うござりまする」 「ああ、それと、これまで膳の物にはほとんど箸を付けておらぬように見受けたが、お腹は空いておらぬか?」 「……あ、いいえ」 「この身はほとんど喰べておらぬゆえ、背中と腹がくっつきそうだ。喰べられそうな物を見繕ってくるゆえ、相伴してくれぬか」 「はい……」 慶子は恥ずかしそうに俯(うつむ)く。 「では、手配りしてくる」 晴信は室を出て、侍女頭の常磐の処(ところ)へ行く。