連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)5 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「常磐殿」
「はい」
「慶子殿を楽な装束に着替えさせてあげたい。頼めるか」
「畏(かしこ)まりましてござりまする」
「それがしは板垣(いたがき)と一緒に喰べ物を見繕ってくる。二人ともほとんど何も喰べておらぬからな」
「さようなことは、わたくしども侍女にお命じくださりませ」
 常磐は驚いたように答える。
「構わぬ。勝手を覚えるまで少し時がかかろうて。それがしが用意した方が早い。それに己の好みもあるしな。慶子殿が喰べられぬものは、何かないか?」
「……特段ないと存じまするが」
「さようか。ならば、それがしと同じ物でよいな。では、着替えの手配りを頼む」
「承知いたしました。すぐに」
 常磐は侍女たちを連れ、控えの間に向かう。
 晴信は信方を伴い、台所へ喰べ物を物色に行く。
「若、かようなことは小姓に命じますゆえ、くつろいでお待ちを」
 信方が呆(あき)れたように言う。
「慶子殿が着替えをしておるゆえ、別の室で待っているのも手持ち無沙汰だ。そなたと二人でいれば、二人分の膳ぐらい運べるではないか」
「まあ、さように仰せならば……」
「今宵は誰にも気兼ねせず、好きな物だけを喰いたい」
 晴信は祝いの膳に用意された料理の残りを探し当て、手早く二人分の食器に盛っていく。それを高足の膳に乗せ、片口(かたくち)に入れた酒と盃も添えた。
 二人分の膳を抱え、晴信と信方が控えの間に戻る。
「常磐殿、晴信だが」
 室の外から声をかけた。
「はい、どうぞ。着替えは終わっておりまする」
 意外にも慶子の声が響いてきた。
「ああ、さようか。では、遠慮なく」
 晴信の返答に合わせ、信方が跪(ひざまず)いて襖(ふすま)を引く。
 小袿(こうちぎ)に着替えた慶子の前に、晴信が膳を運んで置いた。
「余り物を見繕っただけだが、何もないよりはましであろう。口に合いそうな物だけを食すればよい」
「……有り難き仕合わせにござりまする」
 慶子は両手をついて頭を下げる。
 晴信は笑顔をつくり、花嫁の正面に胡座(あぐら)をかく。
 その前に、信方が膳を置いた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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