「常磐殿」 「はい」 「慶子殿を楽な装束に着替えさせてあげたい。頼めるか」 「畏(かしこ)まりましてござりまする」 「それがしは板垣(いたがき)と一緒に喰べ物を見繕ってくる。二人ともほとんど何も喰べておらぬからな」 「さようなことは、わたくしども侍女にお命じくださりませ」 常磐は驚いたように答える。 「構わぬ。勝手を覚えるまで少し時がかかろうて。それがしが用意した方が早い。それに己の好みもあるしな。慶子殿が喰べられぬものは、何かないか?」 「……特段ないと存じまするが」 「さようか。ならば、それがしと同じ物でよいな。では、着替えの手配りを頼む」 「承知いたしました。すぐに」 常磐は侍女たちを連れ、控えの間に向かう。 晴信は信方を伴い、台所へ喰べ物を物色に行く。 「若、かようなことは小姓に命じますゆえ、くつろいでお待ちを」 信方が呆(あき)れたように言う。 「慶子殿が着替えをしておるゆえ、別の室で待っているのも手持ち無沙汰だ。そなたと二人でいれば、二人分の膳ぐらい運べるではないか」 「まあ、さように仰せならば……」 「今宵は誰にも気兼ねせず、好きな物だけを喰いたい」 晴信は祝いの膳に用意された料理の残りを探し当て、手早く二人分の食器に盛っていく。それを高足の膳に乗せ、片口(かたくち)に入れた酒と盃も添えた。 二人分の膳を抱え、晴信と信方が控えの間に戻る。 「常磐殿、晴信だが」 室の外から声をかけた。 「はい、どうぞ。着替えは終わっておりまする」 意外にも慶子の声が響いてきた。 「ああ、さようか。では、遠慮なく」 晴信の返答に合わせ、信方が跪(ひざまず)いて襖(ふすま)を引く。 小袿(こうちぎ)に着替えた慶子の前に、晴信が膳を運んで置いた。 「余り物を見繕っただけだが、何もないよりはましであろう。口に合いそうな物だけを食すればよい」 「……有り難き仕合わせにござりまする」 慶子は両手をついて頭を下げる。 晴信は笑顔をつくり、花嫁の正面に胡座(あぐら)をかく。 その前に、信方が膳を置いた。