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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)5 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 盃と片口を手に取った晴信が手酌で酒をそそぐ。
「あっ!」
 慶子と常磐が同時に声を上げる。
「……気が付きませぬで、申し訳ござりませぬ。お酌ならば、わたくしに」
 立ち上がろうとした慶子を、晴信が制止する。
「待たれよ、慶子殿。今宵は楽にしたいゆえ、酌はいらぬ。それよりも、そなたも一献どうか」
「……重ねて申し訳ござりませぬ。……御酒を……いただき慣れておりませぬ」
「さようか。ならば、無理強いはせぬ。板垣、そなたが相伴してくれ」
 もうひとつの盃に酒を注ぎ、信方に手渡す。
「有り難き仕合わせ。御相伴に与(あずか)りまする」
 盃を両手で受けとってから小声で囁(ささや)く。
「……召し上がり過ぎませぬように」
「わかっておるよ」
 晴信は盃を干してから、大きく息をついた。やっと軆(からだ)の緊張が解けてくる。
「ところで慶子殿。まだ贈り物の礼が済んでいなかった。冷泉(れいぜい)為和(ためかず)様の歌会で面目を施すことができ、大変に助かった。かたじけなし」
「……さように申していただけると、わたくしも嬉しゅうござりまする」
 慶子は恥ずかしそうに俯く。その頬にほんのりと赤みがさしている。
「遠慮のう箸をお付けなされ。ここでの気兼ねは必要ない」
「有り難うござりまする。では、御言葉に甘え、いただきまする」
 頭を下げてから、慶子は箸を手にした。
「初めての歌会で緊張したが、何とかそつなくこなすことができた……」
 晴信は先日行われた歌会の様子について語り出す。
 いつにも増して饒舌(じょうぜつ)な主(あるじ)を、信方は驚きの表情で見ていた。
 ――何かを喋っておらねば、間が持たぬ……。
 晴信は己の沈黙による気まずい静寂を怖れていただけだ。
 そのかいもあってか、慶子も笑顔になり、少しずつ膳に手を付け始めた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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