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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)8 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……申し訳ござりませぬ」
「ならば、どけ! 余が引き摺り起こしてくれるわ」
「……ご堪忍くださりませ」
「ほう、どうあっても、どかぬつもりか。甲斐の国主を門前払いしようとは、大した度胸だ。されど、そこまで余を見くびるならば、相応の覚悟はできておるのであろう。手討ちとなっても構わぬということだな。望み通り、刀の露としてくれる。おい、虎重(とらしげ)。わが得物を持て!」
 信虎は近習頭(きんじゅうがしら)の荻原(おぎわら)虎重に向かって怒鳴る。
「お、御屋形様、ど、どうか、御刀だけは……」
「すぐに持ってこい! わが愛刀の抜身を見ても、こ奴が意地を張れるかどうか、性根を見定めてくれるわ」
「……御屋形様、どうか、それだけは……それだけは、ご勘弁を」
 顔色を失った荻原虎重が懸命に執りなそうとしていた。
 そこに、信方が駆け寄る。
「御屋形様、いかがなされました」
「……駿河(するが)、なにゆえ、うぬまでがここにおる?」
 信虎は怪訝(けげん)そうな面持ちで、信方を上から下まで睨(ね)め回す。
「若の御屋敷がなにやら騒がしいと報告を受けまして、賊でも忍び込んだのかと思い、馳せ参じました」
「賊?……なんだ、それは。まさか、余のことを申しておるのではなかろうな?」
「滅相もござりませぬ。かような時刻ゆえ、まさか御屋形様がお出ましになっておられるとは、思いませなんだ。何かお急ぎの件でもござりましたか?」
「輿入(こしい)れしてから、しばらく経つというのに、まったく愛想もないゆえ、少しばかり行儀に関して訓を施してやろうと思うてな」
 信虎が忌々(いまいま)しそうに吐き捨てる。
 呼気から酒の匂いが溢れ、心なしか呂律(ろれつ)も廻(まわ)っていないように思えた。
「ああ、さようにござりましたか……」
 困ったような表情で、信方が頭を搔く。
「……御屋形様、それに関しては、この板垣(いたがき)めに非がありまする」
「いかな意味で申しておるのか?」
「それがしが常磐殿に『御屋形様は日頃からお忙しく、気難しい御方ゆえ、無闇に御機嫌伺いなどを望まぬように』と申し送りいたしました。おそらく、それを間に受け、三条(さんじょう)の御方(おかた)様はあえて御機嫌伺いを避けていたのでありましょう。申し訳ござりませぬ」
「余計なことを」
「御屋形様を煩わせてはならぬと考えまして、常磐殿にはきつく釘を刺してしまいました。それが無愛想と映り、かえって御無礼となってしまうとは……。重ねて、相すみませぬ」
 信方は咄嗟(とっさ)に常磐を庇(かば)う。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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