連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志9 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 新府を出た武田勢は韮崎(にらさき)の里を抜け、須玉(すたま)にある若神子(わかみこ)城を目指す。
 ぎこちない動きで駒を進める晴信に轡(くつわ)を並べ、信方が話しかける。
「若、軆(からだ)に力が入りすぎておりまする。そのまま駒に揺られ続けますと、すぐに体力が奪われ、海ノ口(うんのくち)に着くまで保ちませぬぞ」
「……わかっているのだが、うまく抜けぬ」
「昨夜はあまり眠れませなんだか?」
「……わかっていながら、わざわざ訊くのか、板垣」
「いえいえ、誰でも同じなのだなと思い、少し安堵(あんど)しました。思いの外、若が落ち着いておられるように見えたので、たっぷり眠られたのかと思いました。やはり、眠れませぬか。それがしもまったく寝ておりませぬ。幾たび経験しても、出陣前は眠れませぬ。それゆえ、鞍上(あんじょう)で居眠りをせぬ程度に、気怠(けだる)さに身を任せておりまする。ただし、視野を広く持ち、常に目配りを変えておらねば、落馬してしまいまするが」
「なるほど。気怠さに身を任せればよいのか」
 晴信は肩を揺すって力を抜く。
「御老師にも同じようなことを言われた」 
「どのような事柄にござりまするか?」
「初陣の心構えを訊ねた時、御老師は『戦を知らぬ者に、それは答えられませぬ』と申された」
 それでも、岐秀(ぎしゅう)禅師はひとつだけ助言を授けてくれたという。
 初めて山門へ入った時の経験についてだった。
『山門の行者というのは、何もわからぬまま修行に入り、師家や兄弟子も懇切丁寧に修行のやり方を説いてくれたりはしませぬ。とにかく、兄弟子の行動を見様見真似するしかありませなんだ。されど、時に追われる如き修行に入ると、どうしても目先のことしか見えなくなり、必要以上に力んでしまいまする。そんな拙僧に、一人の兄弟子がひとつだけ教えてくれました。肩の力を抜き、大きな目付をもち、常に細かな目配りを忘れぬこと。それだけでした。されど、その教えが最後まで修行の役に立ちました。初めての出陣も似たようなところがありませぬか。実戦を知らぬまま戦場へ出ていくのならば、気負っても無駄。大きな目付をもち、常に目配りを忘れぬことしかできぬのではありませぬか。それはつまり、肩の力を抜き、出来事全体を視野に入れ、手練の武将たちの動きを見逃さぬということ。そのようにしか学べぬのが、初陣なのではありませぬか。さして参考となる話ができず、まことに申し訳ござりませぬ』
 岐秀禅師はそう言って頭を下げた。
「肩の力を抜き、出来事全体を視野に入れ、手練の武将たちの動きを見逃さぬこと。御老師は面白いことを仰せになる。まるで、総大将の心構えではありませぬか。あえて、大丈夫とは申しませぬ。もう少しだけ、手綱をお緩めくだされ」
 信方は微かに笑いながら言う。
「確かに、力んでいては、鐙(あぶみ)を踏む感触さえ、わからなくなるからな」
 晴信は苦笑しながら、柔らかく手綱を握り直した。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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