こうして、若神子城で五百ほどの諏訪勢が加わり、総勢は八千余となった。 信虎が諏訪勢に与力を申し入れたのは、退路の確保を含めて後顧の憂いを断つためである。 武田勢は一日の休息を得てから、真北に進路を取り、海ノ口城に向かった。若神子城のある北の杜(もり)から海ノ口城までは八里(三十二`)強の道程であり、慎重に二日をかけて進み、平沢(ひらさわ)峠を越えて佐久郡の南牧の里に布陣した。 しかし、そこから状況が急変する。 出陣の朝は晴れていた空が次第に重い黒雲に覆われ始め、やがて冷たい雨が降り始めた。 大方の者はすぐに晴れるだろうと思っていたが、頭上は曇天に覆われ続け、雨脚が弱くなることはあっても、寒雨が止む気配はない。 南牧の里は八ヶ岳(やつがたけ)の東麓にあたり、天候は周囲の山岳の影響を受けやすかった。夜更け過ぎから朝方にかけ、雨の沁みた大地は霜に覆われ、底冷えする。いくら焚火をしても、その凍てついた地で過ごすのは苦行に近かった。 こうした天気の悪さを最も危惧していたのが信方である。 ――これ以上、雨が続くようだと、城攻めどころの騒ぎではない。野営を続けるだけで、兵の士気が落ち、まともな戦にならぬ……。 同じような思いを抱き、晴信も不安を隠しきれなかった。 「……板垣、父上から何の御下知もなく、この後、どのような戦いになっていくのか見当もつかぬ」 「まずは天気の回復を待つというのが、戦の常道かと。御屋形様は状況を注意深く見ておられるのだと思いまするが」 「……さようか」 「海ノ口城は千曲川(ちくまがわ)の上流にあたる奥深い山間(やまあい)にありますゆえ、雨中の城攻めは難しゅうござりまする。何よりも、兵にとっては寒さが大敵となりまする。今は力を溜め、好機を待つのが肝要かと」 「そのようには思うておるのだが……」 晴信は納得のいかない表情で黙り込む。 何かを言い淀んでいるような様子だった。 「若、何か他に思うところがお有りならば、この板垣めには遠慮なく申されませ」 信方に促されても、晴信の口は重い。 「……戦を知らぬ身で言うべきかどうか」 「他には誰も聞いておりませぬ。ここだけの話ということで、存分に」 信方は苦笑しながら言う。 「……わかった。昨日、孫子の兵法に説かれている城攻めのことを思い返していた。それで、この戦における理(ことわり)を考えていたのだが、いっこうに父上の御真意がわからぬ。おそらく、深い意図がおありだとは思うのだが」 「孫子のどの部分にござりまするか。それがしもうろ覚えゆえ……」 「謀攻篇の第二節なのだが『故に、上兵は謀(はかりごと)を伐(う)つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。城を攻むるの法は、已(や)むを得ざるが為(ため)なり』という部分が気になって仕方がない」 晴信は孫子の一節を淀みなく暗誦した。 それを聞いた信方が驚きながら答える。